64歳の「窓際サラリーマン」が会社にしがみつく理由

もうすぐ65歳を迎える原田武司さん(仮名)は、大学を卒業してから現在まで、玩具メーカーの営業職として働いてきました。武司さんには同い年の妻と息子がいますが、息子はすでに独立して家庭をもっているため、現在は妻と2人暮らしです。

責任感が強く、納得できないと感じたことははっきりと意見を述べる性格の武司さん。そのため上司や取引先と衝突してしまうことも多く、ここ数年は重要な仕事を与えられることがほとんどない、いわゆる「窓際サラリーマン」の扱いを受けていました。出世レースから外れてしまったことから、現在の年収は450万円です。

年収も周囲に比べると少なく、誰に話しかけてもよそよそしい……そんな職場環境にあっても、武司さんは会社を辞めることができません。なぜなら、40歳のときに組んだ住宅ローンが残っているからです。残債はあと600万円あります。 

そのため、武司さんは「なんとしても、65歳の定年までは辞めずに粘って退職金を満額もらおう」と覚悟を決めていました。

なんでこのタイミング?…同期が「64歳11ヵ月」で退職

いよいよ定年退職まで1ヵ月となったある日のこと。武司さんのもとに、社内回覧が回ってきました。内容を読んでみると、別の部署で同じ年齢の同期Bさんが退職したと書いてあります。

Bさんは武司さんとは違って気の弱い性格ではありますが、同じく「窓際サラリーマン」。喫煙所でたびたび顔を合わせることから、Bさんと武司さんは顔見知りの関係でした。

Bさんって、俺と同じ誕生月だったよな?……あと1ヵ月で定年なのに、なんでこのタイミングで辞めるんだろう? Bさん、気が弱かったし、人間関係がキツかったんだろうか。お互い大変だな……。お疲れさん」。

武司さんには、Bさんが64歳11ヵ月で退職を決意した理由はわかりかねましたが、心の中でBさんをねぎらいました。

翌月、武司さんは65歳になり、無事に定年退職。「やっとこの環境から解放される。あとは退職金が入れば、住宅ローンからもおさらばだ!」と安堵の表情を浮かべます。

数日経って、武司さんは他の同期とともに送別会に呼ばれました。ここ最近は飲み会に行くこともなく、内心寂しい思いをしていた武司さん。「最後だし、せっかくだから行ってやるか」と顔を出すと、そこにはBさんもいました。さっそくBさんに声をかける武司さん。「ねぇ、なんで定年1ヵ月前に退職したのよ? あとちょっとの辛抱だったのに。もしかして、人間関係がキツかったとか?」

すると、Bさんは笑いながら答えました。「違うよ(笑)。会社とは円満退職。退職を1ヵ月早めたのは、失業保険と年金の両方もらおうと思ってね」。

「なんだよそれ。どういうこと? 定年で辞めるのとどう違うわけ?」と武司さんが尋ねると、Bさんは次のように答えました。

簡単にいうと、64歳11ヵ月で退職することで、150日分の失業保険がもらえるんだよ。それが、65歳の定年で退職すると「高年齢求職者給付金」になって、30日分の給付が受けられなくなるみたいなんだ」。

「待ってくれ、そんなの初めて聞いたぞ。じゃあ、定年まで働いた俺は損をしたってことか……!?」武司さんは、一気に酔いが冷めてしまいました。