自分の頭で考えない子ども
学校では、先生が子どもに指示を与えるとき、必ず「趣意」を説明します。趣意とはなぜ、それをするのかということです。なんだかよくわからないけど行動しているのではなく、こういう目的でこれをやっていると理解しているのが大事です。
良い先生は趣意と指示が明確であり、短いです。例えば、教室のごみを拾わせたい場合、
1.指示のみ:「ごみを拾いましょう」
2.趣意+指示:「教室をきれいにします。ごみを拾いましょう」
1は指示のみなので、子どもたちはただ単にごみを拾うだけです。そこで2のように、趣意を伝えてから指示をすることで、ごみを拾う目的は教室をきれいにするためであることが伝わりました。これをさらに応用して、次のように伝えます。
すると、ごみを拾う子、掃除用具入れからほうきとちりとりを持ち出す子、雑巾を用意する子、さまざまな行動をする子が出てきます。つまり、応用編は趣意だけを説明し、行動は自分で考えさせるのです。このとき、自発的な行動をすかさず褒めると、この先も自分で考えるようになります。
この指示の仕方は家でも使えます。例えば歯磨きをさせたい場合、
1.指示のみ:「歯磨きしなさい」
2.趣意+指示:「息をさわやかにするために歯磨きをしよう」「虫歯にならないように歯磨きをしよう」
3.趣意のみ:「虫歯にならないようにするにはどうすればいいと思う? 思ったことをやろう」
指示に趣意を加えただけでも、印象は変わりますよね。しかし、趣意だけ伝え、行動を自分で考えさせることで“やらされ感”はだいぶ減ります。自分の意志でやっているので子どもも満足です。たとえやるのが当たり前の行動であっても、必ず褒めてあげてください。
指示以外でも、こういった場面に学校ではよく遭遇します。ある日の算数の時間です。練習問題を解き、僕の所へ見せにきましたが、残念ながらバツがついた子がいました。するとすぐに、「先生、教えて」と言う子がいます。そんな子にはすかさず「もうちょっと考えよか」と、自分で考えることを促しています。何でもいいからとにかく早く終わらせたい子どもに、この傾向が見られます。
何かを継続するためには、能動的に動く必要があります。能動的とは、自ら考えて物事に取り組むこと。そうなるためには、普段から自分の頭で考えさせることが必要です。