大手IT企業の社員から自営業者へ、そして年金不要論の罠に…

早田博司さん(仮名・52歳)は、大手IT企業でシステムエンジニアとしてキャリアを積み、安定した収入と社会的地位を得ていました。しかし、早田さんは50歳を目前に大胆な決断を下します。妻の反対を押し切り会社を辞め、自営業へと転身したのです。

「自分の時間は自分のもの。好きな仕事だけを選んで、充実した日々を送れる」。そんな希望を胸に、早田さんは晴れやかな顔で会社をあとにしました。

しかし、現実は彼の想像を超えて過酷なものでした。本来の仕事だけでなく、営業、経理、事務処理、すべてを一人でこなさなければならない日々。そのうえ、誤算だったのが「社交的だから営業力には自信がある。自営業になっても仕事を得ることはできる」と思っていたのに、現実はそうはいかなかったことです。

当初は会社員時代の人脈などを生かして仕事を得ていましたが、それも徐々に減り、ついに貯金を取り崩して生活をするようになりました。

さらに追い打ちをかけたのが、社会保障制度などの変化です。厚生年金から国民年金への切り替えにより、国民年金保険料が一人約20万円、しかも夫婦別々に支払いが必要であることがわかりました。その上、国民健康保険料が家族で約80万円も全額自己負担となりました。思うように稼げない中で、それらの支払いすら大きな重荷となっていきました。

早田さんは、以前心房細動のカテーテル治療で約250万円の治療費がかかりましたが、高額療養費制度の適用を受けて10万円程度の自己負担で済ますことができました。そのような経験もあったため、国民健康保険の保険料はどんなに苦しくても払っておきたいと考えていました。

その一方で、ネット上で頻繁に目にする「年金は将来もらえない」「年金保険料を払うのは無駄」という情報に惑わされてしまいます。

実は、早田さんは将来的に両親から不動産を含む資産を相続する予定があり、その額は3億円以上になる見込みです。ただし、現在は両親からの援助は一切受けておらず、そのため直近の資金には困っていたものの、老後の生活資金には困らないという状況にあったのです。


こうしたさまざまな事情が重なった結果、「年金なんて払わなくても、3億円あれば十分老後は安泰だ」。そう思い込んだ早田さんは、自分の分の国民年金の保険料支払いを無視するようになりました。