余生を楽しむはずの山中さんに起こった「悲劇」

それからの山中さんは時間に縛られることなく、朝は起床後、のんびりと朝食を摂り、昼過ぎには缶ビールを開ける、まさに至福の時間を過ごしていました。また、かねてから関心を持っていた低山登山やカメラという新たな趣味にも目覚め、同じくリタイヤ生活を送る親友と3人で、カメラ片手に近隣の山にハイキングに出かけたり、少し足を伸ばして、他県に登山遠征をしてみたりと、まさに学生時代に戻ったかのような理想の生活を送っていました。経済的にも、繰下げ受給によって年金額は10万円以上増額しており、特に大きな不安はありません。

しかし、悠々自適な日々を送っていた山中さんに、突如悲劇が襲います。

ある朝、山中さんはトイレに行きたくなり、ベッドから起きようとしましたが、右腕の感覚がまったくありませんでした。手がしびれているのかと思い、様子を見てみたものの一向に感覚は戻らず、さすがにおかしいと思い、山中さんは救急車を呼ぶことにしました。

病院での検査の結果、山中さんは脳梗塞であることが判明します。幸い一命を取り留めたものの、医師から告げられたのは、右肩から下に後遺症が残り、その後、数ヵ月にわたるリハビリが必要ということでした。

リハビリに励む山中さんのもとに、さらに悲しい知らせが届きます。長年親しく遊んでいた友人の1人が急性心不全で亡くなり、もう1人は糖尿病が悪化し、要介護状態に陥ってしまったとのことでした。

山中さん自身はリハビリの甲斐もあり、手先に多少の麻痺は残ったものの、半年後には日常生活を送れるまで回復します。しかし、趣味の登山を再開には体への負担が大きく、医者に止められてしまいました。しかも、山中さんの生き甲斐だった親友たちと楽しい時間を過ごすことも、もう叶いません。

「せっかくリタイヤ生活を楽しもうと思っていたのに、こんなにあっけなく体を壊すとは……。お金があっても、動けないと意味がない。とんだ勘違いをしていました。こんなことになるなら、繰り下げなんてしないで、年金が少なくても、元気なうちにさっさと引退して、思い切り楽しむべきだった。もっと元気な間に、あいつらとたくさん会っておきたかった」

山中さんは、繰り下げ受給をした自分の選択を深く悔やむのでした。