どうせなら、楽しく年をとりたいですよね。医学博士の大島清氏は著書『“円熟脳”のすすめ 脳を活性化させて健康で長生き』で、「人生の後半は、自分の脳をいかに円熟させるかにかかっているのです」と言います。一体どういうことでしょうか? 詳細を本書から紹介します。
脳を鍛えるとは、動物脳を鍛えること
円熟した豊かな人生をおくるためには、脳を鍛えて、円熟脳をつくらなければなりません。では、円熟脳をつくるためには、どういう鍛え方をしたらいいのでしょうか。その方法は、いろいろありますが、脳を鍛えるといっても、受験勉強のように暗記したり、論理性を訓練したりすることではありません。
健康で、気持ちよく生きることのできる脳を育てるには、「見る」「聞く」「味わう」「嗅ぐ」「皮膚で感じる」という、本来、動物としての私たちにそなわっている「五感」を思いっきり働かせるようにすることが、なによりも必要なことなのです。
かといって、けしてむずかしいことではありません。ふだん私たちが行っていることを少し意識して実行してください。山野や海辺に出かけていって、気持ちのよい日ざしを浴びたり、さまざまな匂いを運んでくれる風につつまれて一日をすごします。「わぁ! 気持ちいい~!」と大きな声で感動してください。
愛しあっている恋人同士であれば、意識して手をつないだり、抱きあったり、時と場所によっては、キスしあったり、のびのびとセックスする。趣味の野菜作りに汗を流したり、草木染にチャレンジしたりするなど、ヒトに本来そなわっている動物としての手足と、さらには五感を、フルに働かせて、心地よく、楽しい日常生活を心がけることです。
脳を円熟化しなさいといっても、それは特殊なことは必要としません。日常的に私たちが体験している快感を意識するだけでいいのです。人間としてごくあたりまえの、気持ちよさの追求こそが、もっともだいじなことなのです。
その理由としては、私たち人間の持つ、脳の構造に大きくかかわっています。私たちの脳は、私たちがまだ動物だったころに形成された古い脳の上を、「前頭葉」を中心とした新しい脳がぐるりと包みこむように形づくられています。この前頭葉は、言語活動を行ない、ものごとを認知したり、類推したりするなどの、精神活動をつかさどっています。そのうえ、考えたり、計画したり、判断したり、創造したり、恋愛したり、石にかじりついてでもやり遂げる、といった人間でしかやりえない行動をプログラムし、ゴーサインを出してくれるところです。「前頭葉」こそ、私たちを人間らしい生き物にするための脳の重要な部分になります。
しかし、だからといって、前頭葉がすべてというわけではないのです。脳全体がバランスよく機能するには、前頭葉の下部組織である動物脳、すなわち「大脳辺縁系」がいきいきと活動していることが欠かせません。なぜなら大脳辺縁系は、私たちにとってたいせつな、快、不快、安心、恐れ、怒り、といった原初的な感情(情動)をつかさどるセンターだからです。
ここがしっかり機能しないことには、私たちはいつも不安で、落ちつきのない状態におちいります。よく偏差値秀才のなかに、頭はいいのだけれど、豊かな感情・生命力に乏しく、人間的魅力に欠ける人がいます。こういうタイプの人は、この大脳辺縁系の働きが弱く、脳がトータルにその機能を発揮していないといえましょう。
大脳辺縁系は、かつて私たちが哺乳動物だったころに、「嗅脳」と呼ばれていたところが進化したものです。ここには、人間にとってきわめてたいせつな「海馬」、「扁桃核」、そして、それらとつながりを持つ「視床下部」が存在しています。
なお、視床下部とは、親指の頭ぐらいの大きさで重さも五グラムぐらいしかありませんが、体温やホルモン、水分の調節、食欲、性欲、体内時計など、人間が生きていくうえでの重要な機能をコントロールしているところです。
「嗅脳」という言葉からも想像できるように、嗅覚や味覚は、この大脳辺縁系が処理するたいせつな感覚です。この味覚、嗅覚の情報を入力するところが扁桃核です。扁桃核は、自分自身を守る防衛行動や、逆に相手を攻撃する行動にかかわっています。
個体維持のほかに動物にとって重要なことは種族維持です。性行動や社会行動などがそれにあたりますが、ここにかかわっているのが海馬です。海馬は視床下部とつながっていて、私たちのまろやかな感情をつくってくれています。霊長類にとって原始的な情動である、快、不快、恐れ、怒りの感情はここで演出されるのです。このように大脳辺縁系には、個体の維持、種族の保存という生命活動と、人間の三大本能である食欲、性欲、集団欲が宿っています。そして、その欲求をよりよく満たすための快・不快、怒り、恐れといった、人間の基本的な心が息づいているのです。