動物脳を満足させないと、心も荒れてくる

こうした動物的本能の大脳辺縁系に対して、言葉をつかさどる大脳新皮質では、人間の行動を律する理性・知性がやどり、喜びや悲しみや妬みの心が働くわけですが、ヒトの行動は、この二つの新旧の脳、大脳辺縁系と大脳新皮質の、おたがいのかけひきによって決まってくるのです。これはひじょうにたいせつなことです。大脳辺縁系をたいせつにしないと、しだいに心が荒れてくるから不思議です。


古い脳と新しい脳は、つねにキャッチボールをしており、おぎないあっています。言葉の世界と、原初的な感覚がせめぎあうことで、私たちの精神は成立しているといってもいいでしょう。すなわち、私たちの精神世界は、味覚、嗅覚、触覚などの原始感覚によって、その活動を支えられているともいえるのです。ですから、この感覚をないがしろにしたら、前頭葉は発達しませんし、十分に機能することもありません。


たとえば人間の赤ん坊は、まず口でものを感じるところからスタートします。口腔は原始感覚の宝庫です。赤ん坊は、おっぱいを吸うことによって、お母さんが何を食べたかを知覚し、外の世界を知ります。お母さんが変なものを食べて、それがおっぱいに出ると、そのおっぱいを拒否します。また、赤ん坊は何でもしゃぶって、そのモノと自分との距離や、大きさなどを知ります。この感触なしに育った赤ん坊は、脳の発達にアンバランスを生じます。


嗅覚もたいせつです。小さいときから蓄膿症で、においがわからない子どもは、学習能力が遅れると報告されています。またアルツハイマー症になると、嗅覚がシャットアウトされ、脳の機能に不全が生じます。ネズミの鼻に栓をして育てると、迷路を抜け出させる学習をさせてもまったくできず、交尾も不能となります。嗅覚が損なわれると、たいせつな脳の働きが遅れてしまうのです。深刻なアルツハイマー患者の多くが嗅覚を失っていることに気づいてください。