忙しい毎日を送るなかで「睡眠不足」を感じている人は少なくないのでは? スリープテック市場も拡大※し、睡眠の質にも関心が高まっています。2021年に発表された経済協力開発機構(OECD)の平均睡眠時間の各国比較によると、先進国を中心にした世界33カ国のうち日本はもっとも短く、1日あたり7時間22分。特に女性のほうが男性より睡眠時間が平均13分短いことも分かっています。また、睡眠不足による経済損失は年間15兆円に及ぶという試算も。睡眠不足は社会で取り組んでいかなければならない課題です。そこで、忙しい毎日でも睡眠の質を高める方法について、スタンフォード大学医学部精神科教授で睡眠生体リズム研究所所長、株式会社「ブレインスリープ」創業者兼最高研究顧問を務める西野精治さんにお話を伺いました。
※矢野経済研究所「スリープテック市場に関する調査を実施(2023年)」
「シンデレラタイム」はウソ、意識したいのはリズム
――日本人の睡眠時間がもっとも短いということですが、仕事や家事、育児で寝る時間がどうしても遅くなってしまう人も多いと思います。ちょっと前までは午後10時から夜中の2時までが睡眠の「シンデレラタイム」と言われていましたが、就寝時間は大事なのでしょうか?
西野精治さん(以下、西野):僕は「シンデレラタイム」と聞いて、最初よく意味がわからなかったんです。女性誌で美容関係の言葉として言われていたので、おそらく成長ホルモンのことを言っているのだと思います。午後10時から午前2時の間に睡眠をとると成長するホルモンが分泌されるので体や肌に良いという説ですが、医学的な根拠は全くありません。
睡眠中は脳と体の両方が急速状態になるノンレム睡眠と、体は休んだままで脳が働いているレム睡眠が繰り返されます。眠気をとり体のメンテナンスをおこなう最初の一番深いノンレム睡眠は就寝後、70分から100分持続しますが、それが私が重要視している「黄金の90分」です。この時期に成長するホルモンが山のように分泌されます。まずはこの90分を押さえることが睡眠の質の向上につながります。
美容に関しても何時に寝ようと「黄金の90分」が担保されていれば良いのですが、「昨日は深夜0時に寝たけれど、今日は22時に寝る」というスタイルでは、リズムが形成されません。
リズムというのは体温のリズムをイメージしていただくと良いのですが、就寝の時間を一定にして規則正しいリズムを生み出すと入眠や熟睡に適したタイミングが形成されます。同じ時間帯に夕食を食べてゆっくりしたらお風呂に入るというのが一番理想的なのですが、難しい時は「分割睡眠」も一つの手です。