養老孟司氏が愛猫「まる」との関係で意識していたこと

― 養老先生にはペットのお話をうかがいたいのですが。「まる」の存在とは?

養老 安定剤みたいなものでしたね。19年間一緒に過ごしました。娘が持ってきたんですよ。

― 普段の接し方はどんな感じだったんですか。

養老 なんでもないですよ。この辺に座っているだけで。その距離感がちょうどいいんですよ。

― 犬よりもネコの方が距離感は取りやすいのでしょうか。

養老 取りやすいですね。

― 養老先生にかまってほしいということもなかったですか。

養老 いやいや、ネコはそういうことないです。何か求めてくるのは腹がすいた時だけですよ(笑)。家の外には出て行っていましたが、ネコ同士の付き合いは好きじゃなかったみたいですね。ちょっと変わっているから。図体でかいし。

名越 僕、ネコが好きで、何匹も良く知っていますけど、1匹でいて群れないネコはいますね。

― 19年もの間ともに暮らされたあとのロスは相当大きかったのではないですか。

養老 そういうことができるだけないような付き合いをしてきましたからね。世の中、無常ですから。

名越 たしかに、ロスの後まで考えて付き合うというのは、人間の側からすると大事な気がします。ペットロスって重症になるケースがあります。本当にふらふらになってしまうことも。人間同士もそうですけどね。できるだけ軟着陸できるような、普段からそういうメリハリが必要ですね。

養老 僕、小学生の時にね「エノケンの法界坊」(1938年)って映画を見たんですよ。今でもよく覚えている。エノケンが歌うんですよ。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀、生者必滅、会者定離」と。それを今でも覚えているということは、印象が深かったんですね。世の中はまさに「生者必滅、会者定離」ですね。

― それなのに最近は社会が一つの価値観を押し付けてきます。健康管理だとか。60、70歳過ぎたら、無常の世の中なのだから、人生、自分の好きなようにさせろ、と言いたくなります。

名越 そうですね。やっぱり、今日すごく元気な人と会って勇気づけられたとしても、明日になったら、その人が病気になっているとかね。僕たちには表層しか見えない。この世の全ては見えない糸でつながって関係しているというのは仏教の現実認識ですが、そうすると人間の意識できる範囲なんてたかが知れている。

人間の知性のレベルからすると、明日には何が起こるか知れたものではないのだから、基本、一期一会という考え方です。

― 個人の領域に画一的な価値観を押し付けるというのがいやですね。

名越 毎日変化して、毎日問題が起こり、消えて行ったりしているわけですから。そんな価値観は意味がありませんよ。


養老 孟司
医学者、解剖学者

名越 康文
精神科医