良質な水に恵まれた京都の伏見エリアは、古くから日本酒の名産地として栄え、運河が多いのが特徴です。酒蔵を再利用したレストランがいくつもあり、食文化を活かしたまちづくりが魅力的なこの街もまた、名建築が数多く存在しています。建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、伏見でぜひ足を運びたい「名建築」を紹介します。
“酒の街”伏見の酒蔵を活用した「まちづくり」とは
伏見は古くから京都の外港だった。明治以降は鴨川運河をさかのぼって京都へ至り、岡崎のインクラインを使って琵琶湖へ抜けることができた。伏見は運河が多く残っているのが特徴だ。夏場には観光用の三十石船も出ていて水路めぐりも楽しい。水路が迷路のように入り組んでいるのは、ここが城下町であったことのなごりなのかも知れない。日本の都市は港町タイプが多いが、伏見を歩いていると都市の構造が水運中心に決められているように見える。また、伏見には酒蔵を再利用したレストランがいくつもある。食文化を活かしたまちづくりもおもしろい。
01.幸せなジョブチェンジ「三栖閘門(みすこうもん)」
京阪中書島駅から伏見港公園の西向こう宇治川手前の三栖閘門は、ふたつの水門を使って、濠川と宇治川との水位を調整する仕組みになっていた。今は宇治川の水位が低すぎるので使えるようには見えないが、宇治川の堤防を造るときに伏見港への出入り口として設置されたそうだ。現在この水門は、観光用の伏見三十石船の折返点として再利用されている。水門が再び開くことはないのかも知れないが、幸せなジョブチェンジだと思う。
02.優美なレンガ建築「モリタ製作所」
肥後橋を渡った北側はモリタ製作所だが、これほど優美なレンガ建築が残っていること自体が驚きである。これは幻の電力会社、京都電力の火力発電所だったが、送電直前に京都電灯に買収され、以後、京都電灯の発電所として使われていた。2棟あってそれぞれデザインが違うので建築時期が違うかも知れない。正門から見える東棟は妻壁をギザギザと飾って、まるでオランダの運河沿いにある商館のようなたたずまいである。
03.昭和初期へのタイムトリップ「新地湯」
京阪中書島駅北の新地湯は、地元に愛されている銭湯である。とても愛らしい外観で、左右のアーチ窓にステンドグラスも残る。正面上部のアーチに温泉の文字があり、その上に照明の付いていた跡がおわかりだろうか。夕暮れ時、ここにポワッと明かりがともると、そこだけ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出て来るような幻想的な光景となる。
04.丁寧につくられた地域の会館「南浜会館」
壕川の支流を渡り、川沿いに京阪をくぐれば南浜会館が現れる。木造校舎のようないでたちで、下見板張りの壁面がよい趣きを残す。西側玄関の庇がよくできているので必見だ。妻側の縦長の屋根裏換気口も丁寧に作られている。妻側の軒下を覗きこむと母も屋や(屋根の骨組み)が壁から突き出ていて、それが屋根勾配と同じ向きに傾いているのがおわかりだろうか。これは屋根の骨組みがトラスであることを示している。トラスとは鉄橋のような構造のことで、木造小学校でよく使われた。
05.こだわりの復元「平戸樋門」
外環状線をくぐり、宇治川の堤防にのぼる。教えられるまで復元だと気づかなかった。鉄の扉の上部が湾曲しているデザインがかっこいい。城門を意識しているように見える。洪水を避けるために伏見港と宇治川とを切り離す堤防工事に着手したのが1922年だった。平戸樋門完成が1926年、三栖閘門完成が1929年、堤防の全部が完成したのが1931年である。上流から順に造っていったわけだ。樋門と閘門が洋風なのは琵琶湖疏水のイメージを踏襲しているからだろう。