大阪の北浜・中之島エリアでは、そのモダンな都市風景から、大阪の景気がよかった時代を体感することができます。大阪を代表する近代建築家による珠玉の名作を、建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、解説します。
若い才能が集まった“黄金時代”の大阪を歩く
1920年代の大阪には続々と建築家が集まっていた。すでに10年代には宗兵蔵や渡辺節といった大阪を代表する建築家が活躍していたが、葛野壮一郎、久野節、宗事務所の大倉三郎、渡辺事務所の村野藤吾らが登場する。大阪の工業生産額は飛躍的に伸び、市の財政は市電と電気事業でうるおっていた。大規模な都市改造が行われ、その結果、まだ誰も見たことのなかったモダン都市風景が誕生した。このコースでは彼らの旺盛な仕事ぶりを追うことになるだろう。
01.モダン都市の残り香「大阪証券取引所」
大阪の近代建築といえば中之島だろうが、その前に北浜界隈を見ておこう。
大阪証券取引所は、保存運動のおかげでコーナー部分が残ったが、部分保存といっても近年はほぼ解体してから復元するので、元の部材がそのまま残るわけではない。ここの場合はステンドグラスがオリジナルだ。よく見るとステンドグラスの中央にサンドブラストで植物文様を描いている。天井から下がるきのこ型のアールデコ風のランプも当時のものだろう。良質なモダン都市の残り香がここにある。公開されているので、ホールに入ってみるといい。
02.必見! 奇跡的保存のレトロビル「北浜レトロビル」
向かいの土佐堀川沿いの北浜レトロビル、中も外もそのままというのは奇跡的だ。丹念な修理を重ねて原形がほぼ保存されていることに驚く。おそらく更新されている部分も少なくないはずだが、それを全く感じさせない。わたしもこういう仕事がしたいと思う。カフェになっているので利用しておきたい。
03.扁平敷地を逆手にとった「福原ビル」
福原ビルは、コーナー部に特徴があるインターナショナルスタイルである。最近修復されたが、川側のプレーンな感じが以前と同じデザインだ。コーナー下に立つと空へ向かって尖ったビルに見え、扁平敷地を逆手にとったおもしろいデザインといえよう。久野節は心斎橋・なんばルートの南海ビルディング(高島屋大阪店)で有名な、鉄道畑を歩いた建築家である。
04.大阪ロマネスクを効かせた「旧大林組本店」
となりの旧大林組本店は大林組の本社ビルだったが、今はテナントビルになっている。前面をスクラッチタイルで覆い、タペストリーのような暖かみのあるファサードに仕上がっている。落ち着いたクラシック建築だが、細部の彫刻は大阪ロマネスクを加えてさりげなく新しさをアピールしている。
05.村野藤吾のゴシック的幻想「中村健太郎法律経済事務所」
中村健太郎法律経済事務所は村野藤吾の初期の作品だ。村野建築のおもしろさのひとつは、必要以上に手の込んだ細部にある。モダニストは概して装飾を嫌うが、村野のモダニズムは装飾なしには語れない。この建物をもっとも印象づけているのは、中原淳一の絵に出てきそうなデザインの玄関上の照明器具だろう。ゴシックでもないしセセッションでもない、ましてアールデコでもない。箱形のランタンに絡みつくツル草は当然バラなのだろう。やはりゴシック的な幻想なのだろうか。