良質な水に恵まれた京都の伏見エリアは、古くから日本酒の名産地として栄え、運河が多いのが特徴です。酒蔵を再利用したレストランがいくつもあり、食文化を活かしたまちづくりが魅力的なこの街もまた、名建築が数多く存在しています。建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、伏見でぜひ足を運びたい「名建築」を紹介します。
清酒の聖地から飲食店まで……魅力あふれる「酒蔵」が立ち並ぶ
06.伏見の美風景「月桂冠大倉記念館」
濠川の支流右岸を引き返し、橋までもどる。ここからは、酒蔵活用のまちづくりを見てまわろう。最初の月桂冠大倉記念館は水路側からも見ておきたい。水路に面して酒蔵の並ぶ様子は美しく、もともと水運を利用した施設であることがわかる。月桂冠は江戸時代の創業だが、明治になって鉄道用のビン入り清酒を売り出したことで有名になった。いわゆる鉄道効果によって伏見は清酒の産地として急成長をとげたようだ。
07.酒蔵の骨組みが美しい「鳥せい本店」
少し北へ歩くと、地元でも人気の高い焼き鳥レストラン鳥せい本店だ。元は山本本家「神聖」の酒蔵で、酒蔵の骨組みをそのまま見せたインテリアデザインが楽しい。ランチタイムも営業している。
08.食文化を活かしたまちづくり「キザクラカッパカントリー」
鳥せい本店の西、キザクラカッパカントリーは、酒屋による地ビールレストランとして有名で、河童資料館も併設されている。伏見は明治以降に産地形成が進んだことで、酒蔵などの歴史資産が多く残っている。そのなかで、もっとも大きな歴史資産は清酒を中心とした食文化だと思う。食文化を活かしたまちづくりというのがおもしろい。そこへ古い建物が関わるとなればたいへんうれしい。
09.今はなき伏見市の市章レリーフ「壕川護岸の伏見市章」
キザクラカッパカントリーから少し南、壕川護岸の伏見市章は護岸工事の際に付けられた。護岸は蓬莱橋のたもとの「御大典記念埋立工事竣工記念碑」によって、1930年に竣工したことが分かる。1889年に発足した伏見町は1929年に市となったが、2年後の1931年に京都市に編入され伏見区となった(伏見市章は伏見町章をそのまま使った)。市章は葉っぱとつる草で飾られている。整備工事によって地域が伸び行くことを願ったのであろう。
10.伏見の美風景その2「松本酒造」
大手筋を西へ、新高瀬川手前の松本酒造の煙突は、京都に残るレンガ煙突のなかでも大きいもののひとつである。黒い酒蔵と赤いレンガ煙突との取り合わせが美しく、後ろのレンガ建物は大きな丸窓が見せ場を作っている。レンガは本当に自由自在だ。
11.らしくなさが興味深い「昭和蔵事務棟」
大手筋を東へ戻り、竹田街道を北へ向かう左手の昭和蔵事務棟は、3階を増築しているので、知らないと通りすぎてしまうかも知れない。軒廻りの大胆な丸型飾りがウイーン分離派のオットー・ワグナーを思わせ、2階正面の窓と窓の間の模様はコロマン・モーザーのポスターデザインに似ている。いずれも世紀末ウイーン分離派だけど、それがなぜここに現われるのか。なかなか興味深い建物だ。
円満字 洋介
建築家