至高の温泉と食事を楽しめる湯宿

日本を代表する名湯、登別温泉「滝乃家」(北海道)、草津温泉「ての字屋」(群馬県)、修善寺温泉「あさば」(静岡県)、山代温泉「あらや滔々庵」(石川県)、山中温泉「かよう亭」(石川県)を簡単にご紹介します。

01.登別温泉「滝乃家」(北海道登別市)

「滝乃家」では登別最大の泉源、地獄谷から引湯した食塩泉、灰白色の硫黄泉、それに乳白色の自家源泉の通称ラジウム温泉などが、大浴場、庭園と屋上の露天風呂、客室露天風呂などにふんだんに注がれ、かけ流されています。

これら極上の温泉だけでも価値は十二分にあるのですが、大正初期の創業以来の料亭旅館で知られるだけに、向上心旺盛な和食、洋食のツートップの調理師を揃えています。なにせ地元登別、白老、室蘭の漁港に毛ガニや甘エビ、宗八ガレイなどが水揚げされ、西隣の伊達野菜と東隣のブランド和牛、白老牛などの食材にも事欠かない。季節感あふれる“地産地食”が堪能できる全国でも稀な立地にあります。

見事な自然庭園を眺めながらの個室食事処で、あるいは露天風呂付き客室での食事はきっといい思い出になるでしょう。

02.草津温泉「ての字屋」(群馬県草津町)

草津温泉の中心、湯畑から徒歩1、2分、草津唯一の自家源泉の佳宿「ての字屋」は、岩からにじみ出る明礬泉(みょうばんせん)を古代檜の湯船で楽しめます。しっとりとした名湯で、まさしく“王者の湯”と呼ぶにふさわしい。病みつきになりそうな「肌感」です。これほどの極上湯はそうありません。日本を代表するブランド温泉、草津に湧くからさらに価値が高まります。

全12室に新たに別邸特別室2室が加わりました。この老舗旅館の魅力は和風建築で食する京風懐石の粋にもあります。器に盛られた料理の一品一品は語り尽くせないほどの味わいで、至福のひとときです。

部屋の造りや接客にしても、日本の宿文化のエッセンスに満ちており、これらの要素が絡み合い「ての字屋」ならではの、至福の食事は幽玄の世界へ誘います。江戸時代から続く日本の正統派の湯宿です。

03.修善寺温泉「あさば」(静岡県伊豆市)

創業江戸前期の「あさば」は「King of the Japanese Onsenryokan」というのが、私の評価です。日本に「あさば」があることを誇りに思います。竹林を背景、広大な池を前景に建つ野外能舞台。池に囲まれた部屋と竹林、池を望む露天風呂には有無を言わせない迫力があります。

ですが、私をもっとも感動させるのは食事です。修善寺温泉は温暖な伊豆半島に立地しているだけに、食材の宝庫です。駿河湾の魚介類はもちろん、天城の軍鶏、黒豚なども出色もの。

仲居さんが、単なる料理の運び人ではなく、経営者や料理人の心を伝える存在となっています。「あさば」が高レベルの“おもてなし”を常に維持していることに、滞在するたびに感動を新たにします。仲居さんの細やかなタイミングの妙に私は賛辞を惜しまないのです。

華やかな器が全盛の昨今、「あさば」の奥深い色調の器はむしろ心に深く刻まれます。

04.山代温泉「あらや滔々庵」(石川県加賀市)

「あらや滔々庵」も、江戸時代から続く格式のある名門です。

魯山人は山代温泉で料理と作陶に開眼したことは知られていますが、「あらや滔々庵」も氏のゆかりの宿で、ロビーに赤絵の皿や衝立などの作品が展示されています。

それだけに盛り付けられる料理と器の妙をもっとも大切にする、“日本旅館の品格”というものを肌で感じることができるでしょう。

ただし型にはまった老舗旅館だけではないところが、魯山人ゆかりの宿がゆえでしょうか。室内は現代的に改良されており、部屋の次の間にベッドを置き、露天風呂を二層式にするなどの遊び心を加えた部屋もあったりします。もちろん名門だけが漂わせる“品格”が、適度な緊張感をもたらせ、一品一品の料理の味わいをさらに高めてくれるようです。

05.山中温泉「かよう亭」(石川県加賀市)

腕のある料理長と見識のある経営者が北陸の海の幸と加賀野菜を盛り込み、「加賀会席」の新しいページを開拓し続ける姿勢には感服します。それはもはや芸術品とも思え、日本人であることを誇りに思えるほどです。

1万坪もの広大な敷地に部屋数はわずか10室。パブリックスペースに余裕を持たせた造りは、効率優先主義の業界にあって異色の存在で、早くから欧米人の評価が高かったのも頷けます。

自然あふれる借景を活かしたシンプルな内風呂と露天風呂にも好感がもてます。俳聖、松尾芭蕉が10日近くも滞在し、温泉で唯一の句(「山中や菊はたをらぬ湯の匂」)を残した日本の名湯山中温泉に、「かよう亭」があることを誇りに思います。料理や風呂も含め、“温泉宿文化の完成形”がここにはあります。決して華美に走らない“日本の心”がここにはあります。そのように感じます。


松田 忠徳
温泉学者、医学博士