温泉旅館に宿泊するなら、提供される料理を味わうことも醍醐味。一言で温泉宿といっても、価格帯はさまざまですが、「1泊2食5万円だから自己満足の結果、いい宿なのではなく、1万8,000円でも満足度が高ければそちらを高く評価すべき」と、温泉学者であり医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。日本の温泉に深い知見のある松田氏が絶賛する、温泉だけでなく食事も楽しめる「名旅館」を紹介します。
「お品書き」に食材の産地を明記できる“勇気”
私たちが宿に払う代価と宿から得られる満足度が見合っているか否かがポイントになります。つまり「得したか、まずまずか、著しく損をしたか……」。「素敵な宿とは、今度は自分の一番大切な人と再訪したいと思うようなところ」――。これがわかりやすい宿の評価の仕方ではないでしょうか?
宿泊代のうち約30%を食材費が占めるとしたら、宿泊代の高い宿ほど料理の見栄えも良くて当然です。ただし味はわかりません。化学調味料を“隠し味”で使用しているかもしれない。スーパーでは野菜にしても肉、魚にしても、産地が表示されています。ところがレストランと同じように宿の食事には、食材の原産地は表示されていない。正しくは表示しなくてもよいことになっているのです。
旅館でも、食事の際の「お品書き」などに単にお品書きではなく、「煮物・十勝産黒豚の角煮」、「皿盛・根室産たらばがに」などと、食材の原産地を明記している宿に出合うことが時々あります。
日本国内で出回っている肉(牛肉、豚肉、鶏肉)や魚介類の50%余は輸入物です。とくに人気の牛肉の国内自給率は約36%ですから、ご当地産のブランド和牛の価値が高まる一方である裏にこのような理由があります。野菜や食後のデザートとして出される果物は、とくに熟成度合いと鮮度、旬などが重要視されますから、ぜひ地場産であって欲しいところです。
非日常の温泉旅行では、地場の食材を提供する宿をこだわって選びたいものです。「日本人にとって温泉は、心と体の再生の場、蘇りの場」というのが、かねてからの持論です。
北海道の東部、阿寒湖温泉の「あかん鶴雅別荘 鄙の座」では、オープンした平成16(2004)年以来、お品書きに食材の産地名を記載し、国内外からの信頼をいち早く獲得した宿です。北海道在住の私も4、5回宿泊したことがありますが、若いスタッフの対応力にも優れ、好感度の高い宿です。北海道は全国屈指の良質の食材の宝庫であることは確かですが、なにせ冬が長いため、良質の野菜類の調達にかなり苦労をしているはずなだけに、産地の明記はとても勇気のある姿勢です。
同じ北海道のぬかびら源泉郷のリーズナブルな料金の「中村屋」などでも、地元十勝(帯広市周辺)の食材にこだわり、早くから産地を表示しています。
また静岡県伊豆修善寺温泉の老舗「あさば」は、個人的には“日本の湯宿”の中の湯宿と評価しています。「あさば」は江戸前期の創業以来、その進化に留まることを知らない名宿ですが、ここでもお品書きに産地が併せて書かれています。
さて、1泊2食5万円だから自己満足の結果、いい宿なのではなく、1万8,000円でも満足度が高ければ後者を高く評価すべきでしょう。
今の時代に大切なことは、五感を磨くためにご自分の頭が固くならないために、さまざまな料金の“良質の宿”に泊まってみることではないでしょうか。良い温泉は頭を柔軟にしてくれるという説もあります。柔軟な思考には滞りのない血流がポイントでしたね。