60歳の定年を迎えたとき、あなたはスパっと現役を引退しますか? それとも再就職や再雇用制度で働き続ける道を選びますか? 今回は、「定年退職後の生活費が不安で現役続行! 悩ましい再雇用の現実」というテーマでお送りしていきます。
【役職定年】昨日まで部下→今日から上司でギクシャク…同僚はZ世代、ランチに誘われない…それでもしがみつきたい、驚きの「生涯年金」上昇額とは
定年後65歳まで働くと決めていたけど、新たな人間関係に思ってもみなかったストレスも多く…ベテラン世代の理想の新しい働き方って
登場人物
・ゆめこさん(以下、ゆ)……大正時代からタイムスリップしてきた26歳女性。なぜか、現代社会にめちゃくちゃ詳しい。
・ワイ(以下、ワ)……ゆめこさんの白い飼い犬。お菓子好き。ミーハー。
・有識者のおじさん(以下、お)……難しい単語や複雑な制度を解説してくれる物知りな優しいおじさん。
・サトムラ タカシ(以下、主)……今回の主人公。60歳の一般企業元部長で、65歳定年選択。
・部下(以下、部)……主人公と同じ会社に勤める部下。
・取引先(以下、取)……主人公の部下の取引先。
主:「役職手当がなくなってまた給料が下がった……」
「今まで部下だった相手が急に上司に……」
「はあ……もう疲れた」
「こんなことなら、再雇用なんてせずに、おとなしく60歳で定年退職すればよかった。選択間違っちゃったかもな……」
私の名前は里村隆。ごくごく普通の中堅大学を卒業し、中堅の建築企業に勤めている。うちの会社では60歳で定年退職するか? 定年退職後に再雇用制度を使って5年間勤め、65歳で退職するか? 選ぶことができる。
「うーん、60歳になった後も老体にムチ打って働くのは大変だが……労働期間が長くなればその分年金の支給額もあがるし、その間の賃金を老後資金の積み立てに回すことだってできるしな。うん、65歳で定年した方がいろいろ安心だな!」
ワ:60歳まで働くのと、65歳まで働くのって、そんなに違うの?
お:隆さんと同世代の60歳定年前の平均給与は月43万円、年収は694万円です。60歳で定年を迎え現役を引退した場合、65歳から手にする年金は、厚生年金部分が10万円。国民年金を満額支給されるとすれば、月16万4,000円(国民年金の満額は令和4年を参照)を手にする計算です。
ですが、65歳で定年退職を迎えた場合次のように金額は変わります。平均月収は約8万円減少、平均年収は約165万円減少します。
ゆ:60歳定年者と65歳定年者の年収を比較すると、約25%以上減額していますね。
ワ:なんと! 4分の1以上減っちゃうなんてつらいね。
ゆ:隆さんが現役を延長した60歳から65歳の間に5年分多く納めた年金は、月1万3,000円分の厚生年金に姿を変えたということになります。
ワ:5年も多く働いて、月1万3,000円アップってわりに合ってるのかなぁ?
主:いやいや、坊主は飼い犬だから分からないかもしれないが、年金月1万3,000円アップは大きいだろう! このどこを見渡しても値上がりのご時世、月1万3,000円アップは多少苦労がともなっても、しがみつきたい。
ワ:うんうん。隆さん、貯金はあるのかな?
主:若い頃から貯金が趣味だった私は、贅沢しなければ暮らせる程度の老後資金はある。だが、インフレの現代、貯蓄はいくらあってもいい。そう考えていたのだが……。
ワ:どうしたの?
ゆ:65歳まで働くと決めていた隆さんですが、何やら想像していなかった苦労も多いようです。
主:うちの会社は、役員の定年は60歳と決まっている。役職定年ってやつだ。つまり、いままで営業部の部長を務めていた私は役職のない平社員に逆戻り。はじめはそれも気楽でいいやと思っていた。ベテランの経験を生かして新人の育成に努めるつもりだったんだが……。
(給与明細を開く)
「あれ? そうか……役員報酬の6万円分は給料から減らされるのか……。この間まで月42万円もらっていたから、なんだか激減したように感じるな……」
「役職を降りて給料は減った。でも結局、元部長として頼られて業務量もどんどん増えていくし、経験の浅い若い子たちの分のフォローもしているのに、6万円も減給されると、ちょっととまどう」
「それに今まで部下だった子がいきなり上司になると、なんだか互いに気を遣いすぎてしまい、最近ぎくしゃくしてるように感じる。以前はうまくいってたのに。」
「同じ部の同僚といっても年下ばかり。この間まで部長だった私に馴れ馴れしくはできないのか、なんだか緊張させてしまっているようだ。ランチにも誘われない。Z世代の子たちにしてみれば、親より年上の私に親しみをもてないのは当然といえば当然なのかもしれない」
ワ:う~ん、悩ましいね。
ゆ:定年後も慣れ親しんだ職場で継続して働き続けることができる再雇用制度は、定年後も働きたいシニアにとって魅力的な制度です。ですが一方で、雇用形態や役職がかわるため収入が大幅に落ち込んだり、人間関係が変わってしまったことによる気疲れやストレスが生じたり、デメリットもあるようですね。
主:定年後も同じ職場環境で働き続けられるなんて幸運に感じていたが、甘かったようだな……。こんなことなら、定年を機に全く別の会社に転職した方が、色々割り切れて楽だったかもしれんな。
ワ:でも隆さんにしかできないこともあるんじゃないかな?
ゆ:そうですね。たとえば勤続年数の長いベテランならではのアドバイスを若い社員にじっくり伝えられるなど、定年後の再雇用制度には、本来双方にメリットがあります。
管理職になったばかりの元部下を、きめ細かにフォローすることができるのも、同じ職場であらゆる役割を経験してきた再雇用者ならではないでしょうか?
ワ:そうだよ~。隆さんは職場にいてくれなきゃ困るよ!
ゆ:やはり、隆さんにとっても働くことは重要です。60歳で現役を引退すれば、65歳の年金支給まで労働収入はなくなります。昨今の物価急騰のような不測の事態がいつおとずれても「私の老後資金が底をつくことはない!」と言い切れるシニアは、どれだけいるでしょうか。
お:政府調査によると、65歳定年制度がある企業は2017年には約15%でしたが、2022年には約21%に増加しています。さらに、66歳以上も働ける企業の割合は全体の約40%、70歳以上まで働ける企業の割合は38%です。「定年後も働きたい」というシニアのニーズの受け皿が増加傾向にある印象です。
取:「何やってんだ! 先方かんかんだぞ!」
部:「す、すみません!」
ワ:うわわ! 何が起きたの!?
ゆ:どうやら新人の方が取引先とトラブルを起こしてしまったようですね……。
主:「なあ、君」
部:「里村さん…? なんですか? 俺、これからすぐに謝りにいかないと」
主:「小林さんは昔からちゃんと話を聞いてくれる人だ。がちがちに緊張せず、なんでこのようなミスが生じたのかをしっかり説明して、改善案を伝えればきっと分かってくださるよ」
部:「え…」
主:「そんなに強張った顔じゃ話をする余裕もないだろう? まぁ、ちょっと一息いれなさい。ほら、君コーヒーはいつもブラックを飲んでいるよな。これ飲みなさい」
部:「里村さん……ありがとうございます!」
主:年を取って、若い時のようにばりばりと働くことはできないと思っていた私だが、長年の営業で培ったコミュニケーションスキルや人との繋がりは失われるものではなかったようだ。
(翌日)
主:「泉さんの所は社会貢献を大事にする。単純な価格の話だけじゃなくどう世の中に役立つのかをもっとアピールした方がいいな」
部:「なるほど」
主:「この資料なら、2枚目の画像を先に見せた方がもっと分かりやすくなるよ」
部:「助かります! こういう相談ってなかなかできる人がいませんから」
主:「なあに、私も色んな先輩に教えてもらって少しずつ覚えたんだ」
「ただ、このデータ分析表のために数値を各ソースからまとめるのは時間がかかって面倒だよな。毎月のことだし外注したいが、そんな予算とれんし……」
部:「あ、それだったらプログラミングして設定すればワンクリックで自動的にやってくれますよ」
主:「えっ」
部:「2時間もあればできるんで、今日中にやっておきますね」
主:「いやぁ助かるよ。君はパソコンが得意なんだな。感心したよ。」
部:「いやぁ。ヲタクなだけっす!」
主:どうやらわたしは若い人の緊張をほぐす努力を怠っていたらしい。年の差を気にして、変に気を遣いすぎていたのはわたしの方だったようだ。しっかり彼らのパーソナリティーに関心を示せば、若い社員から学ぶことは驚くほど多い。
ワ:隆さんみたいな先輩がいたら、とっても頼りになるね!
ゆ:ええ、新しい働き方にやる気を出しているようです! 65歳までぜひ頑張ってほしいですね!