観察力が鋭い文章

「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる」

この一文を読んで、きっと多くのみなさんが中高生時代を思い出すのではないだろうか。おそらく40代以上の方々は、国語や古典の授業でこの文章を暗誦させられたはず。そう、これは清少納言が書いた『枕草子』の第一段の冒頭部分だ。

この第一段は、春の次に夏、さらに秋、冬へと続いていく。

「夏は、夜。月の頃は、さらなり。闇もなほ。蛍の多く飛び違ひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。

秋は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて雁などの列(つら)ねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。

冬は、つとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜のいと白きも。また、さらでもいと寒きに、火など急ぎ熾(おこ)して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、温く緩びもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし」

私は、昔から記憶力だけには自信があり、中学校での『枕草子』第一段の暗誦テストを楽々パスした覚えがあるが、文章の内容まで深く考えなかった。今回、あらためて読んでみると、清少納言という作者の自然に対する観察眼や感性の鋭さにほとほと感心した。私なりに第一段を現代風に訳してみたので、お読みいただきたい。

「春は、やっぱり夜明けがいい。だんだんと周りが白くなり、山の上の空が少しだけ明るくなって、ちょっと紫に染まった雲が細くたなびいているのが最高。

夏は夜がいいね。夜空に月があるときは当然だけど、闇夜もいいと思う。暗闇の中で多くの蛍が乱れ飛んだり、一匹か二匹だけがほのかに光を発している様もとても素敵。また、雨の夜もなかなか趣があって良いと思う。

秋は夕暮が好き。夕日が差して山の端に近づいて見えるとき、烏が寝所へ帰ろうと、三つ四つ、二つ三つと、急いで飛んで行く様に心が動かされてしまう。雁が遠くで列になって小さく見えるのも優雅な感じがする。日が沈んでから聞こえる風の音や虫の音も風情がある。

冬は早朝が好き。雪が降る日だけじゃなく、霜が真っ白に降りている朝も格別ね。でも、そうでなくても、めちゃくちゃ寒い朝に急いで火をおこし、炭を運んでいくのも、なかなかおつなもの。でも、昼になって寒さが緩み、火桶の中が白い灰ばかりになるのを見ると、興ざめしてしまう」