ついつい人は自分が若かった頃を懐かしむものですが、「若さ」にしがみつこうとすると「豊かな老後」が遠ざかってしまいます。そこで本稿では、MP人間科学研究所で代表を務める心理学博士の榎本博明氏による著書『60歳からめきめき元気になる人「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新聞出版)から一部抜粋して、老後に「自分らしい生活」を手に入れるコツについて解説します。
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(※写真はイメージです/PIXTA)
若さへの執着が「豊かな老後」を遠ざける!? 定年後だから手に入る〈自分らしさ〉とは?
森鴎外が説く「今を生きる」ことを忘れた日本人の姿
アリの観察に夢中になっている子は、散歩そのものを思う存分楽しむことができている。それに対して、そんな子を急かす父親は、何か別の目的のために歩くことに馴染みすぎたため、散歩そのものを楽しむことを忘れてしまっている。
これでおわかりのように、退職後は、何からも追い立てられずに、「今」を存分に味わいながら大切に生きることが許されるのである。学校に入る前の幼児期以来、ほぼ60年ぶりに、地に足の着いた生活を楽しめるのである。
もはや時間に追われて暮らす必要などないのだ。時間とのつきあい方に関して頭を切り換えることができれば、これまで以上に豊かな時間を過ごすことができる。
時を忘れるような瞬間をもつことで、「今」を充実させることができるし、時間的展望をめぐる葛藤からも解放される。
時を忘れるような瞬間をもつこと自体が、悔いのない自分らしい過ごし方ができている証拠と言える。
文豪森鷗外は、日本人は「今を生きる」ということを知らないのではないかと、小説の主人公の日記の形をとって、つぎのように指摘している。
「いったい日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門をくぐってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり付くと、その職業をなし遂げてしまおうとする。その先には生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。現在は過去と未来との間に画した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。」
(森鷗外『青年』より)
榎本 博明
MP人間科学研究所
代表/心理学博士