国内外問わず多くの人に愛される「江戸前鮨」の世界。訪日外国人がお鮨屋さんに与えた影響は大きく、「かつての鮨屋を知る客には窮屈に感じられるかも」と、鮨評論界の第一人者であり、著述家の早川光氏はいいます。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より、具体的にどのような変化が訪れたのかを見ていきましょう。
江戸前鮨が「コースメニュー化」されたきっかけ
おつまみの比重の高いおまかせが、席に着くと自動的に出てくるフランス料理のコースメニュー形式になったのには、もうひとつ別のきっかけがあります。
それは『ミシュランガイド東京』の登場です。
世界的なレストランガイドの東京版『ミシュランガイド東京2008』が出版されたのは2007年11月20日のこと。この時『すきやばし次郎』と『鮨水谷』の2軒が鮨屋として世界で初めて3つ星の評価を受けました。これは日本のローカルフードだった江戸前鮨がフランス料理と並ぶ世界基準の料理として認められた瞬間でもあります。ゆえに国内だけではなく海外のメディアもそれを取り上げ、たくさんの外国人が東京に星つきの鮨を食べに訪れるようになりました。
ただこの時に大きなネックとなったのが、ほとんどの鮨屋に外国語のメニューがないということです。
メニューを置かないのは、先に説明した通り江戸前鮨が“お好み”の注文を伝統としてきたからなのですが、それでは外国人はオーダーできない。そこで言葉がわからなくても注文できる“おまかせ”をコースメニュー化することで対応するようになりました。
当時は、外国人の客が鮨屋を予約する時は宿泊しているホテルのコンシェルジュを通すのが一般的でしたが、おそらくコンシェルジュの側から鮨屋に「英語が話せるスタッフがいないのなら、コースメニューを用意してほしい」というリクエストがあったのではないかと推察します。
2010年代に入ると観光で日本を訪ねる外国人が加速度的に増えます。2013年には訪日外国人の数が1,000万人以上を越え、2014年には「インバウンド消費」という言葉が流行語になります。
この2014年には当時のオバマ米大統領が安倍首相と一緒に『すきやばし次郎』で鮨を食べたことが世界的な話題となり、欧米だけではなくアジアからの観光客も増えて、3つ星店のみならず銀座にある星つきの鮨屋は軒並み予約困難になります。
僕の記憶では、この頃には外国人観光客がコースメニューとしての“おまかせ”を注文する形が完全に定着していたと思います。それが銀座以外のエリアにも広がり、先に流行していたおつまみの比重の高いおまかせと結びついて、現在のスタイルが出来上がっていったのではないかと考えています。
改めて考えてみると、小鉢や小皿でたくさんのおつまみを出し日本酒と共に楽しむというスタイルは、小さいポーションの料理とワインを楽しむ現代のフランス料理に似ています。ゆえに外国人観光客にも受け入れやすかったのではないでしょうか。