特別なご馳走としての存在感を放つ「鮨」。鮨屋からはランチが消え、毎朝魚河岸に通う鮨職人の数が減ったと、鮨評論界の第一人者であり、著述家の早川光氏はいいます。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より、「昔の鮨職人が聞いたら、耳を疑うような」鮨職人と仲卸業者の関係性における合理的変化を見ていきましょう。
以前は、夜は数万円する銀座の高級店にも格安ランチがあったが…
僕が残念に思うのは、鮨屋が昼の営業をしなくなったことです。
積極的に酒を売らないのが決まりごとだった江戸前の鮨屋は、夜の店じまいが早いかわりに、昼は店を開けるというのが伝統でした。昭和の頃までは昼から夜まで通し営業をする店も沢山ありました。
僕が過去の著書で「初見の鮨屋に行く時は、まずランチを食べて味や店の雰囲気を確かめてから夜の予約をしよう」と書いてきたのは、夜は数万円する銀座の高級店にも格安で食べられるランチがあったからです。
ところが最近は有名店、人気店の多くにランチがありません。あったとしても週末限定、しかも夜とほとんど変わらない値段だったりします。常識的に考えて1万5千円もする昼のおまかせはもはやランチとは呼べません。
なんでこんなことになってしまったのか。それはおまかせがコースメニュー化したことで営業時間が延びたこと。そしておつまみの種類が増えて仕込みに時間がかかるようになったことが原因です。
コースメニューのおまかせは提供に時間がかかります。おつまみと握りで20品近く出てくる店であれば2時間前後。じっくり日本酒を飲めば3時間。なので夜の10時、11時まで営業するのが普通になりました。客が帰り、店内を清掃して鮨職人が帰路につく頃には深夜になっています。
そうなると睡眠時間を確保するために起床時間も遅くなります。数年前までは早朝に仕入れに行き、店に戻って午前中いっぱい魚の仕込みをして昼に開店というのが鮨屋のルーティンでしたが、朝が遅くなりおつまみの仕込みもしなくてはいけない今は時間が足りない。仕方なく昼の営業をやめて、仕込みに充てるようになったのです。
今はカウンター10席以下という店が多く、少人数で仕込みをしているので、それも時代の流れという面はあります。それでもランチは客にとっては安価で鮨屋の“お試し”をする場であり、修業中の鮨職人にとっては客前に立つ経験を積む場でもあります。その習慣が消えつつあるのは江戸前鮨全体にとっての損失ではないかと感じています。