がんが気になりインターネットで情報収集するとがん保険必要論とがん保険不要論の真反対の見解が存在することに気づきます。どちらにすべきか迷いますが『高額療養費があればそこまで自己負担額は大きくならないからがん保険は不要』という意見を支持する人も少なくないかもしれません。しかし、これには落とし穴があって……。本記事では、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏が、田中瑞希さん(仮名・40歳)の事例とともに、高額療養費制度の落とし穴について解説します。
年収450万円の40歳会社員、乳がん罹患で「やっぱりがん保険はいらない」と確信も…3年後に大後悔する「衝撃の治療費」【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

高額療養費の弱点とがん保険の役割

今回の事例の田中さんはインターネットで『がん保険不要』という考え方を支持し、初めてのがん治療の時には高額療養費と加入した医療保険のおかげで治療費をすべてまかなうと同時におつりまで受け取ることができました。

 

ところががんの転移発覚後の治療では万全と思っていた保障が全く機能することなく、治療費の全てを自分の収入や貯蓄から負担することとになったのですが、なぜそのような事態になってしまったのでしょうか。

 

田中さんは最初にインターネット上で『がん保険必要、不要』それぞれの意見を吟味したわけですが、がん治療の実態を知らない状態で見たため、本当に必要な保障の形がわからないまま判断してしまった可能性があります。

 

以下でがん治療の実態と高額療養費、及びがん保険の特徴について確認し、あるべき保障のあり方について見ていきたいと思います。

 

高額療養費と医療保険は早期がんへの備え

今回の事例で田中さんの最初の入院手術の際には高額療養費が申請できたため、入院費の自己負担額は14万円程度で済みました。そこへ医療保険から28万円の支払いがありむしろおつりを受け取るという結果になりました。

 

しかしがんの転移が発覚以降の治療においては毎月数万円単位の治療費が長期でかかり続けているにもかかわらず、高額療養費や医療費の出番がなくすべて自己負担となり、それが家計を圧迫する結果となっています。

 

がんの備えを考えるうえで大切なことなのですが、実は高額療養費と医療保険は『がんの早期段階に対する備えである』ということです。具体的にはどちらも入院手術に対して大きな助けになる保障といえます。

 

高額療養費は厚生労働省によると、

 

高額療養費制度とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額※1が、ひと月(月の初めから終わりまで)で上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度です。
※1 入院時の食費負担や差額ベッド代等は含みません。

 

となっており、具体的な計算式は例えば今回の事例の田中さんの年収約450万円の場合は下記のとおりです。

 

自己負担の上限額=8万100円+(医療費-26万7,000円)×1%※2
※2 この計算式は、年齢、年収額等により変わります。正確な内容は厚生労働省HPでご確認ください。

 

この計算式の頭に『8万100円+』とありますが、これは『8万100円までは保障対象外で全額自分で負担してください』という意味です。それ以降の部分は『(医療費-26万7,000円)×1%』となっていて『それ以上費用がかかる場合に1%程度を支払ってください』という形なっています。

 

ですから仮に医療費が300万円発生したとしても、この医療費のところに300万円を入れて計算すると自己負担額は約10万円で済んでしまいます。

 

それから医療保険ですが今回の事例においては、

 

■けが・病気で入院:1日当たり1万円のお支払い
■けが・病気で手術:1回当たり20万円のお支払い

 

といった内容のもので、これは一般的な医療保険の保障内容です。文字どおり『入院』と『手術』が支払いの対象となっています。これらのことから、

 

■高額療養費は8万100円までは保障対象ではない
■医療保険は入院・手術がないと保障対象ではない

 

といえ、がんが転移して、

 

通院での毎月数万円の治療費が長期化する

 

という展開ではまったく保障が得られない可能性があります。

 

進行がんへの備えががん保険

がん保険の役割は、まさに今回の事例のように、がんが転移して通院での治療が長期化した場合にその治療費を助けてもらうことといえます。もちろん最初の入院手術においても支払いを受けることはできます。しかしがん保険に加入する真の目的は、

 

がんの再発転移で長期の治療費に備えること

 

です。ですから今回の事例において田中さんはインターネット上での見解、

 

【がん保険不要】
⑥    高額療養費で自己負担額は大きくならない

 

を支持したわけですが、がんの再発転移等で『長期療養で治療費が高額になる』ということをイメージできなかった可能性があります。

 

がん治療が長期化すると、累計で治療費自己負担が200万円以上となる場合があります。もちろんその事態を想定し、それでもその程度の費用は貯蓄で対応可能という場合にはがん保険は不要といえます。

 

ただし事例の田中さんのように、毎月の収入から数万円の貯蓄ができていた分が毎月のがん治療費に消えていき、いままでできていた貯蓄ができなくなるという展開も無視できません。田中さんのようにまだ40代でこれから老後の準備を行っていくという段階の人が、毎月の資産形成ができなくなりそのまま老後を迎えてしまうという状況を想像することも大切であるといえます。

 

まとめ

がん保険は必ず加入しなければならない保険ではありません。ただしその判断をする際に実際がんになってしまった時にどのようなシナリオが想定されるのかということをリアルにイメージすることは非常に大切です。

 

現在はインターネットで情報が簡単に取得できる時代になって便利ではありますが、情報が多すぎて取捨選択の難しさも存在します。がんは情報の取り方ひとつでその後の結果が大きく変わってしまう特徴があります。もし自分自身で正しい情報収集が難しい場合にはがん治療の実態とがん保険に詳しいFPなど専門家への相談も検討してみてはいかがでしょうか。
 

 

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役