あまり知られていないが…「肥満」は大腸がんのハイリスク要因
私は消化器内科医として、大腸がんの予防や啓発に取り組んでいます。大腸がんは日本人に多いがんで、最新のがん統計では男女ともに罹患数、死亡数ともにTOP3にランクインしています。特に男性の場合に、生涯に10人に1人は大腸がんになると言われるほど、身近で恐ろしい病気です。
日々診察を行ううえで、“大腸がんが気になるのですが、生活ではどのように気をつけるべきでしょうか”と質問を受けることがよくあります。日本人に多い大腸がんは、実は肥満が大きなリスクになることはあまり知られていません。とりわけ、男性は女性に比べて肥満のリスクが高いと指摘されています。今回は肥満と大腸がんの研究を紹介しながら、取り組める対策に関して紹介していきます。
「肥満であり続けること」が大腸がんリスクを高める
肥満が大腸がんを発生しやすくすることは、昔から指摘されています。いくつかの研究では、標準体重の人よりも肥満/過体重の人の方が、大腸がんの発生率が高くなることが示されています。最近の研究では特に男性は肥満に気をつける必要があることがわかってきました。一例として、2023年6月にScientific Report誌に掲載された研究結果を紹介します(*1)。
この研究は韓国で実施され、約380万人を対象に2005年、2009年の肥満度とその後約10年間の大腸がんの発生リスクを検証しました。その結果、この両方の年で肥満と判定された人は、いずれの年でも肥満でなかった人と比較して、大腸がんを発症するリスクが高いことがわかりました。特に男性では13%も大腸がんの発生リスクが高くなっていました。これは女性では見られない変化でした。
この研究では、肥満の定義はBMI 25以上と設定されています。これは日本人の平均的な身長171cmであった場合は73kg以上となります。興味深いのは、2005年と2009年の両方で肥満と診断された人のみが特に大腸がんの発生率が高い傾向にあったということです。最近痩せた人や最近太ってしまった人ではなく、肥満の状態が4年以上続いていた人の方が大腸がんのリスクが高かったということです。肥満であり続けることが大腸がんのリスクを高めてしまうというわけです。
肥満と大腸がんの関係を説明されて、“若いうちは大丈夫だろう”と思われる方もいるかもしれません。実は、若い頃の肥満も大腸がんの発生リスクを高めることも知られています。米国で行われ、2023年5月にJAMA Network Open誌に掲載された研究結果を紹介します(*2)。
この研究では55歳から74歳の約13万人の一般男女を対象に、大腸がんや他のがんのスクリーニング検査を行い、がんの発生と体重との関係が調査されました。彼らが20歳と50歳のときの体重も聴取することで、若い頃の体重と、がんの発生の関係を調べたわけです。その結果、20歳時に肥満であった人は肥満ではなかった人に比べて23%から25%、50歳時点で肥満であった人は23%から55%、大腸がんのリスクが高いことがわかりました。
この研究では、20歳時、50歳時点の時点でBMIが1増えるに従って大腸がんの発生リスクは2%から4%上昇することが示されました。若いうちでも油断はできないということです。
<*参考文献>
1. Seo Ji et al. The risk of colorectal cancer according to obesity status at four-year intervals: a nationwide population-based cohort study Sci Rep 2023 13:8928
2. Loomans-Kropp H et al. Analysis of Body Mass Index in Early and Middle Adulthood and Estimated Risk of Gastrointestinal Cancer. JAMA Netw Open 6(5):e23100
注意すべきは「内臓脂肪の蓄積」
なぜ肥満で大腸がんが増えるのかについては、いくつかの原因が考えられていますが、一説ではインスリンが関係していると言われています。肥満状態では血糖を抑えるインスリンが常に高い値で血液中に保たれています。このことが細胞の増殖を促進するIGF-Iというタンパクの働きを強めてしまうため、結果として大腸がんの発症を誘発すると言われています。
糖尿病も大腸がんのリスクであることが知られていますが、同じ理論です。高インスリン状態や糖尿病の発生には内臓脂肪が特に関係していると言われていますが、大腸がんのリスクでも、内臓脂肪の蓄積が関与していると知られています。
このことから、単にBMIが高いことよりも、実際の脂肪の量を反映しやすい腹囲や、医療画像検査でわかる内臓脂肪の量の方が、より正確に大腸がんのリスクを予想できるとも言われています。筋肉質の方や、内臓脂肪は低いけれどもBMIは高めに出るような方は安心できるとも言えます。逆に体重はそこまでではなくても、健診でお腹まわりが増えた、という人は要注意かもしれません。
減量すると大腸がんのリスクも減る可能性
それでは私たちにできる取り組みは何でしょうか。もちろん、すでに健康的な習慣で、体重も維持されている方は継続されることに越したことはありません。一方で、“もう肥満体型だから、今さら遅いだろう”と諦めている人もいるのではないでしょうか。
先ほど紹介した米国の研究では、体重を改善することで大腸がんのリスクを軽減させられる可能性も示されています。20歳で肥満だった人のうち、55歳を過ぎて正常な体重に戻っていた人は、もともと肥満でない人と大腸がんのリスクは変わりませんでした。つまり、若いときに肥満であっても、その後に改善していければ大腸がんのリスクを減らせる可能性があるのです。
逆に、最もリスクが高いのは20歳時点から一貫して肥満体重が続いている場合で、標準体重の方と比べて大腸がんのリスクを45%も上昇させていました。また、20歳や50歳時点で正常な体重でも、55歳以上の時点で肥満体重であれば大腸がんのリスクは増加するという厳しい現実も突きつけています。
若いときから肥満である方は特に注意する必要がありますが、過去の体重がどうであれ、少なくとも、現状の体重を改善することは有意義ということは間違いないでしょう。
体重以外に気をつけるべき習慣
大腸がんのリスクには、飲酒、喫煙、加工肉の摂取、肥満度の順に高いことが知られており、予防には肥満だけではなく、バランスよく気をつけることが重要です。
“大腸がんを予防するためには健康的な生活を心がけましょう”というのは医師の常套句かもしれませんが、参考として、目指すべき健康習慣には以下のような項目が提唱されています(*3)。
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●喫煙をしない、禁煙する。
●飲酒はアルコール摂取量として1日24g(約缶ビール1本分または日本酒1合程度)。
●健康的な食生活(毎日の繊維の多い野菜や果物の摂取、いわゆるファストフードを多用しない、赤身肉や食肉加工品の摂取を少なくする、加糖飲料水を避ける)。
●習慣的な運動を行い、テレビを見続けるなどの座りっぱなしの時間を少なくする。
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特に男性の場合は禁煙や飲酒量の減量が重要と言われており、体重の管理に努めるとともに、これらの食生活・運動習慣の改善が大切になります。体重管理とこれらの項目をすべて遵守した場合、大腸がんのリスクを62%減らせたとする報告もあります(*4)。
特に食生活に関しては、最近では超加工品(Ultra-Processed Foods)のリスクが注目されています。超加工品とは、工場で生産され、砂糖や多くの添加物を含み、すぐに食べられて比較的長期の保存が可能であるような食品を指します。たとえば、包装されたお菓子、ポテトチップスやチョコレート、ピザやホットドック、インスタントラーメンなどが該当します。これらを多く摂取することは、糖尿病、肥満症、認知症などのリスクになることも知られています。
米国で20万人を20年以上に渡って追跡した研究では、超加工品をよく摂取する男性は、あまり摂取しない男性に比べて大腸がんのリスクが29%も高いことが示されました(*5)。興味深いことにこの傾向が見られるのは男性のみで、女性では関連はなかったということです。また、BMIが高い人でなくてもその影響が見られるとのことでした。
これらの加工品は肥満を増やすという意味でも大腸がんのリスクを増加させますが、そうでなくても添加物や食物繊維不足などの影響で大腸がんのリスクを高めると思われます。特に出張や出先の食事をインスタントラーメンやファストフードで済ませてしまうような人は注意が必要です。
<*参考文献>
3. The World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research 2018 Recommendations for Cancer Prevention and Risk of Colorectal Cancer
4. Chen et al. The power of a healthy lifestyle for cancer prevention: the example of colorectal cancer Cancer Biol Med 2022 19(11):1586-1597
5. Wang L et al. Association of ultra-processed food consumption with colorectal cancer risk among men and women: results from three prospective US cohort studies. BMJ 2022.378:e068921
「肥満症の治療薬」も登場したが、予防の要はやはり生活改善
最後に、昨今、肥満症に対する医薬品が登場し、世間で注目を集めています。2023年3月にはセマグルチドという薬剤が肥満症に対して日本でも承認されました。今後、肥満による合併症を有するなどの特定の条件のもとで使用できると見込まれています。
現状では、このような薬剤を用いることが大腸がんのリスクを下げるかどうかはわかっていません。肥満症治療薬を使用することで内臓脂肪の減少、糖尿病の改善を行えれば大腸がんのリスクが減ることは理論上ありえるかもしれません。一方で、見た目の体重を減らすことのみにこだわり、上記に挙げたような食事・生活習慣の改善がなければ、恐らくがんのリスクを減らすことは難しいでしょう。
身内に大腸がんのいる患者さんは特に、肥満について気になるかもしれません。先に紹介した健康習慣の取り組みに関わる研究では、特に一親等以内に大腸がんの身内を持つ人の方が、健康習慣を改善することによる大腸がんリスクの軽減効果がより大きかったことが判明しています。肥満症の薬は今後より身近になっていく可能性がありますが、適切な使用による肥満症の改善を行うこととともに、日々の習慣の改善が重要であることも忘れないようにしていきたいですね。
以上、本稿では男性の大腸がんに関わる問題について、特に肥満に関わる研究をご紹介してきました。実際、忙しい中で健康に関わるすべての事項を守ることはなかなか難しいですが、長い目で着実に影響があることを考えると、まずは取り組める項目から改善を行うことが重要ですね。
齋藤 宏章
相馬中央病院 内科
日本内科学会 認定内科医
日本消化器病学会 消化器病専門医