サラリーマンの老後生活を支える「退職金」。受け取れる金額は、大企業なら2,000万円、中小企業なら1,000万円ほどだといいます。そして、この退職金を「賢く運用しよう」と、60代で投資家デビューを果たす人は少なくないようです。今回は、1,200万円の退職金を受け取った元・中小企業部長の、運用の失敗事例をみていきます。
銀行員「毎月3万円ほどの分配金が出ます」…64歳・元中小企業部長が大興奮し、〈退職金1,200万円〉をつぎ込んだ「投資信託」とは? (※写真はイメージです/PIXTA)

定期預金の年間利息に匹敵する分配金を「毎月」受け取れる投資信託

従業員100人ほどのメーカーで部長を務めていたKさん。3年前に定年退職し64歳となった現在は、それまでの貯蓄を取り崩しながら引退後のセカンドライフを過ごしています。定年退職時に受け取った1,200万円の退職金は定期預金に預け入れ、手を付けずに置いてありました。しかし、その定期預金が生み出す金利は年間わずか4万円ほど。

 

「元本が1,200万円もあるのだから、もう少しなんとかならないか」

 

そんな不満を抱えていたことに加え、定期預金の満期が近づいていたこともあり、Kさんは運用の相談をしに銀行の窓口へ。元本に対して受け取れる利息が少なすぎるという不満を述べると、担当者は資料をみせながら、投資信託を提案してきました。それは、定期預金の年間利息に匹敵する分配金を「毎月」受け取れる商品だといいます。

 

Kさんは、「なんでいままで教えてくれなかったんだ!」とばかりに前のめりになり、買付に必要な手続きをその場で完了。担当者によれば、1,200万円分購入すれば毎月の受取額は3万円超になるとのことでした。

 

実際に翌月から3万円を超える分配金を受け取り続けたKさんでしたが、1年後に受け取った運用報告書をみて愕然とします。なんと、投資信託の評価額が200万円も減っていたのです。毎月3万円のもの分配金を受け取っており、運用が上手くいっていると思い込んでいたKさんは、原因を確かめるために急いで銀行に向かいました。

 

購入時点ですでに「36万円」のコストが発生

投資信託には「価格変動リスク」「為替変動リスク」「カントリーリスク」等のリスクがあり、基準価額は常に変動します。Kさんが購入した投資信託は、新興国の高配当銘柄で運用する商品です。過去1年間の株価下落に伴い、この投資信託の基準価額は大きく下落していました。

 

さらに、基準価額を下落幅を拡大させることになった要因は「元本払戻金(特別分配金)」。Kさんが受け取っていた3万円超の分配金は、そのすべてが収益ではなく、一部または全部を元本を取り崩す形で支払われていました。

 

投資信託の購入時に交付される「交付目論見書」に目を通し、販売担当者の「分配金は、計算期間中に発生した収益を超えて支払われる場合があります」という説明を聞いていれば、投資信託には損失を被るリスクがあることは理解できたはずです。しかし、「定期預金の利息の1年分を毎月受け取れる」というセールストークに興奮していたKさんは、このリスクの重大さを見落としていたのです。

 

また、投資信託の購入・運用にかかる「コスト」も見逃せません。Kさんが購入した投資信託の購入時手数料は3.0%(税抜)、信託報酬1.15%(税抜)。1,200万円分購入するとなると、買付手数料だけで、Kさんが1年間で受け取った分配金の総額と同等の36万円ものコストを負担することになります。

 

Kさんは金融機関の提案に乗って、定期預金の10倍近い利回りに目が眩んでリスクを見落とした結果、大切な老後資金を200万円も減らしてしまいましたが、実は、このようなケースは後を絶ちません。

 

前述の投資信託協会の調査によると、「投資を始めたきっかけ」の第3位には「金融機関から勧められたから」というものがランクインしています。また、運用の成果については「想定以上の大きな利益を得たことがある」人は19.9%だったのに対し、「想定以上の大きな損失が出たことがある」と回答した人は39.0%。

 

そして、金融広報中央委員会の調べでは、約8%の人が大きな損失を被ったのは「金融機関のせい」だと考えていることがわかっています。

 

大きな損失を被った後に販売担当者を問い詰めてみても、お金が戻ってくることはありません。投資の世界に「絶対」はありませんから、「良い話には必ずウラがある」という視点を持ち、投資しようとしている商品のリスクや、リターンが発生する仕組みについて自身が納得いくまでリサーチし、担当者に質問を繰り返すことが重要です。