「がん」は代表的な老後の病気です。老後にがんを発症し、思い込みやネットでの不適切な情報を鵜呑みにした結果、自由診療にのめり込んで資産を大きく失う人も少なくありません。本記事では、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏が、沖田正行さん(仮名・68歳)の事例とともに、「がん」と老後破産の関連性について解説します。
〈胃がん罹患の68歳独居老人〉がん標準治療の副作用で苦しんだ亡妻を思い出し、自由診療を選ぶも…「貯金3,000万円」が消失。老後破産の悲劇【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

日本のがん治療現場の前提条件

今回の沖田さんの事例において、

 

・自由診療の免疫療法で貯蓄の大半を消失
・がんが悪化したが医療を受けることができない

 

という深刻な問題が発生しました。このような出来事を引き起こした原因のひとつとして医療に関する知識の不足があげられます。

 

沖田さんは、妻のがん治療の体験から主治医から提案される治療を拒否しました。この主治医から提案される治療は『標準治療』と言われるもので、健康保険が適用となり誰もが発生した医療費の1~3割(年齢等で負担割合は変わる)の負担で治療を受けることができます。

 

それに対して自由診療は全額(10割)自己負担で受ける治療で、患者さんが支払う金額はかなり高額になる傾向があります。その自己負担額の違いについて『高額だから効果も高い』と捉えることは誤った判断になります。国立がん研究センターによると、がんの標準治療とは、

 

科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療をいいます

 

と定義されており、いままでの大量の臨床試験の結果などから導き出された最良で推奨されるべき治療となっています。多くの人に推奨される治療だからこそ、国は健康保険適用として患者さんが少ない自己負担割合で受けられるようにしているわけです。そういった前提のもとで、それでも違う治療を選択する場合、やはり選択するための根拠となる医学的なデータをもとに判断する必要があるのだと思います。

 

ここでは、いま触れたがんの標準治療の位置づけとともに、日本でがんになった時のためにあらかじめ知っておくべき事項として、

 

・先進医療から外された免疫療法
・主治医との円滑なコミュニケーション

 

を確認していきたいと思います。

 

先進医療から外された免疫療法

日本の医療の現場には『先進医療』と言われる医療が存在します。国立がん研究センターによると、先進医療とは、

 

保険診療として認められていない医療技術の中で、保険診療とすべきかどうかの評価が必要であると厚生労働大臣が定めた治療法(評価療養)です。効果や安全性を科学的に確かめる段階の高度な医療技術で、実施できる医療機関が限定されています。

 

と定義されています。つまり今後健康保険の適用にするか、確かめている段階(実験段階)の治療といえます。実際に治療を行って確かめるわけですが、一定の数の治療結果をもとに、健康保険適用となるものもあれば、望ましい結果が得られず健康保険適用にしないと判定されるものもあります。

 

実は数年前まで樹状細胞および腫瘍抗原ペプチドを用いたがんワクチン療法というがん免疫療法の一部が先進医療として行われていましたが、現在はすでにその指定から外されています。

 

国立がん研究センターは、効果が証明された免疫療法はまだ一部に限られており、

 

たとえば、自由診療で行われるがんペプチドワクチンや、樹状細胞ワクチンを使うがんワクチン療法などは、「効果が証明されていない免疫療法」で、医療として確立されたものではなく、かつ保険診療で受けることができません。そのため、治療効果、安全性はもちろん、費用の面からも慎重な確認が必要です。

 

と発信し、注意喚起しています。ただ、国は健康保険適用とはしなかった一方で、この治療を独自に行っている医療機関は世の中にたくさんあるという事実があります。

 

今回の事例の沖田さんもまさにそういった医療機関HPの治療情報に魅力を感じ、実際治療を受ける運びとなりました。沖田さんが、国が行ってきた先進医療でのデータを超える判断材料があったのであればよいのですが、おそらくそうではなく感情的な面での要素、そして経済的なゆとりから結論を出してしまったのではないかと推察されます。

 

一般人が医療に対する判断をするためには、相当慎重に行う必要があるのではないかと思います。

 

重要な主治医との関係

がん患者さんのなかには、今回の沖田さんのように主治医からの提案とは違う治療を選択する方も実際いらっしゃいます。ただ仮にそういったことを検討するにしても、主治医との関係は大事にしなければなりません。やはり医療情報を提供してくれる専門家ですし、あなたの病状を一番よく知っている存在です。迷いがあれば、まず主治医に相談することが答えを得る近道であると思います。

 

また、万が一違う治療を選択したい場合でも、主治医から紹介状や診療情報などを準備してもらう必要があります。そして、ほかの治療を検討したものの、やはり当初の主治医の治療に戻ってくるということも考えられます。今回沖田さんが主治医に対して信頼感を持てなかった理由のひとつに、妻のがん治療時に主治医を信頼して標準治療を受けていたにもかかわらず、最終的に見捨てられたという体験があったということがあるかと思います。

 

これは私自身も母のがん治療時に体験したことがあります。主治医から別室に私だけ呼び出され、標準治療をやり尽くし、これ以上治療の手段がないということを告げられました。残念ですが、そもそも標準治療は無限にあるわけではないので、がん治療が長期化したときにはこの結果もあり得るでしょう。

 

日本ではお金を払えば簡単に医療が受けられる、また医療を受ければなんでも治るという印象を持ってしまいがちですが、がんはまだまだわからないことが多く、残念ながら昭和56年以降ずっと日本人の死因の1位であり続けています。こういった、現時点における事実をあらかじめ知っておくことで、がんと向き合った時の精神衛生面の乱れを多少緩和することができるかもしれません。

 

老後という段階に入ってからの選択はその後の生活を大きく変えてしまい、かつ取り返しがつかない状況になってしまう可能性があります。がん治療など重要な選択については慎重に行いましょう。

 

 

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役