「1クール350万円」の免疫療法を開始
沖田さんは主治医が推奨した標準治療と言われる手術を拒否し、自由診療の免疫療法に賭けてみました。治療は3週間に1回通院、それを6回続けるというのが1クール、その後経過を見ながらもう1クールという具合で沖田さんは治療を続けてきました。
費用は1クールで約350万円と決して安くはないのですが、貯蓄もありその使い道も特になかったので、特に疑問に思うこともなく支払いを済ませていました。どこかに自分の治療選択が正しかったということを証明したいという思いもあったかもしれません。
がんが消えるということはありませんでしたが、とくに悪化することもなく、元気に日常生活を送れていたので、沖田さんは免疫療法の効果が出ていると感じていました。1クール終わるたびに医師から「引き続き頑張っていきましょう」と寄り添い励ましの言葉があったため、沖田さんも前向きに取り組みました。
資産が消失し、医療からも孤立
そんな生活が2年半続いていましたが、その時の検査でがんが全身に転移していることが確認されました。ずっと小康状態を保ってきたのに、突然がんが体中に広がっている画像を見せられ茫然となった沖田さん。そして免疫療法を行う医師から告げられました。
「これ以上行っても効果が見込めないため、今回を持って治療は終了としたいと思います」
いつかがんが消えることを願い、高額の治療費を払って継続してきた沖田さん。気づけば貯蓄残高は200万円を切っていました。医師に今後はどうしたらよいか尋ねると、
「ここではもうやりようがないので、もとの主治医に相談してみてください」
とそっけないもの。もとの主治医には免疫療法を選択する際に険悪な関係となってしまい、いまさら相談できない。貯蓄をほとんど失い、そして治療の場も失い、沖田さんは絶望してしまいました。
自己判断が招く老後破産と医療不安
がん自由診療の免疫療法を選択し、最後はがんが悪化、貯蓄のほとんどを失い、そして医療の行き場も失ってしまった沖田さん。どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。
今回沖田さんは胃がんの診断を受け、主治医から勧められた健康保険証が適用で比較的小さな経済的負担で受けられる標準治療の手術を拒否。健康保険証がきかず治療費が全額自己負担で高額な負担となる自由診療の免疫療法を選択しました。
どんな選択をするかはもちろん自由ではありますが、今回の結果は沖田さんが望んでいたものとは言い難いものです。自由診療の免疫療法を選んだきっかけのひとつには、妻のがん闘病時の辛い経験などがあったのですが、もしかすると、沖田さんはその時点から一定の誤解をしてしまっていた可能性があります。その思い込みがご自身のがん診断でさらに強固になり、最終的に今回の流れに至ったのかもしれません。
日本におけるがん治療において、沖田さんは2つの誤解をしていた可能性があります。以下でそれぞれみていきたいと思います。
1.科学的根拠に乏しい免疫療法に傾倒
沖田さんは過去に、妻が標準治療を受けてきたが最終的に主治医から見放される形で治療が終了したことから、がんの標準治療は副作用などで苦しい思いもするし、結局は治らないという思いになっていました。そしてその標準治療を提供する医師から、自由診療の免疫療法について否定をされたため、なおさらお金をかけてでもそちらを受けたほうが治る確率が高いと感じていた可能性があります。
どんな治療を選ぶかは自由ではありますが、本当に医学的な根拠にもとづいて判断をしたのかというと、そうではなかったといえるかもしれません。ネットで検索して出てきた治療に魅力を感じ、詳しく調べることもなくそのクリニックへ行って治療を受けることを決断してしまいました。
一般的に、物やサービスは金額が高額であるほど、性能や品質がよくなるといえます。たとえば家電品。同じテレビでも、金額が高額になるほど画面の大きさや画質、付随する機能もよくなります。そういった感覚で医療をとらえたときに、がんの免疫療法など自由診療の治療は、1回あたり数百万円の自己負担となるものもあり、金額が高いから治療効果も高いと錯覚してしまう可能性があります。
結果、沖田さんは過去の経験と『高額な治療=効果が高い治療』というイメージで、がん治療の選択という非常に重大な決断を行ってしまったのではないでしょうか。まずひとつ目の問題点ですが治療選択の根拠となる情報が少なすぎたということがあげられます。
医療という一般人では適切な知識を持ち合わせない分野においては、判断するためにもう少し時間をかけて情報収集して、慎重に選択することが大切ではないでしょうか。
資産とともに医療との接点も失う
2つ目の問題点ですが、それはこれからのことという視点がなかった点です。沖田さんは、免疫療法で貯蓄の大半を失うとともに、がんも悪化してしまいました。しかし、もともとの主治医とは免疫療法を選ぶ時に関係が悪化し、気軽に相談できる状態でもなくなってしまい、治療を受けるための行き場も失いました。
日本のがん治療現場において『がん難民』という言葉が使われている時期が過去にありました。これは医療を受けたいにもかかわらずなんらかの理由で適切な医療にたどりつけていないがん患者さんを指す言葉として使われています。理由は様々ですが、経済的なことも大きな理由のひとつですし、今回の沖田さんのように主治医との関係が悪化ということもあげられています。
今後医療機関が見つかり再び治療を受けるかもしれませんが、経済的な余裕がなくなっており、万が一がんが悪化し介護の必要が出てきた時などに対してゆとりがほとんどない状態です。免疫療法を行って貯蓄が少なくなっていく際に、今後何か別のアクシデントが発生したらという発想が持てなかったのかもしれません。
貯蓄に余裕がある人ほど、がんの自由診療に傾倒して最終的に経済的な困窮を招くということも耳にしたりします。正常な判断をできなくさせるのもがんという病気の怖さであり、特殊性であるかもしれません。