3年前に妻ががんにより他界…自身も胃がんに罹患
東京都三鷹市在住、年金生活者で現在68歳男性の沖田正行さん(仮名)。大学卒業後、大手家電メーカーに勤め60歳でいったん定年退職、その後65歳まで継続雇用を選択肢し引退。現在住んでいるマンションの住宅ローンは現役時代に完済し、退職時に3,000万円の貯蓄を確保。65歳から受給開始した老齢年金の手取り額は月当たり約25万円です。こうした状況から、お金の面で老後に不安はありませんでした。
しかし引退後は同い年の妻と旅行を楽しみながらセカンドライフを過ごそうと思っていた沖田さんですが、61歳のときに妻が乳がんに罹患。妻は4年にわたって闘病生活を送り、沖田さんも献身的にサポートしてきましたが、最後はがんが全身に転移し3年前に65歳で亡くなりました。沖田さんには子供がいないため、現在は一人暮らしです。
最愛の妻を早くに亡くし、茫然自失の日々を過ごしていた沖田さんですが、1年が経過した頃ようやく現実を受け止め、孤独感を味わいながらもなにか生きがいを見出して前向きに生きなければとも思い始めるようになりました。
沖田さん夫妻は旅行が趣味だったので、これからは過去の思い出の土地を再び旅行してみるのも悪くないかと考えていたのですが、そんな矢先の健康診断で要精密検査の結果があり、検査を受診。すると66歳のとき、沖田さん自身にも胃がんが発覚してしまいました。
医師から標準治療の手術で治癒を目指せるといわれたが…
主治医からがんは早期の段階なので、手術でがんを取り除けば治癒を目指せると言われた沖田さんですが、ある思いがありいったん回答を保留にして病院をあとにしました。
帰宅後、妻が乳がんの闘病中にネットで調べていて『副作用が少なく体に負担のないがん治療』というキャッチフレーズが目についた免疫療法について再度調べました。この免疫療法と言われる治療、自由診療という位置づけで健康保険証が使えず治療費は全額自己負担となり、一般的にはかなり高額になるといわれています。
それでも沖田さんは都心の一等地にある免疫療法を行うクリニックの無料個別医療相談に参加。対応してくれたのは実際その治療を行う医師で、治療内容を丁寧に説明してくれるとともに、がんの診断を受け気落ちしている沖田さんに寄り添い励ましてくれました。ずっとパソコンを見ながら淡々と話す主治医とは違い、自分に共感してくれたことも嬉しく、後日の診察で主治医に手術は受けず、免疫療法を選択する旨を伝えました。
主治医からは、自由診療の免疫療法は科学的根拠に乏しく、かつ費用も高額になるため、なかにはがんが悪化し取り返しのつかない状態になるケースもあるということを伝えられ、考え直すことを勧められました。
ただ、沖田さんは過去の経験もあり主治医の言葉を重く受け止める気にならず、最後は『もう結構です』と、主治医の会話を遮って診察室を後にして、その病院とは決別することにしました。
妻のがん闘病の経験から標準治療を拒否
沖田さんが自由診療の免疫療法を選択したことには過去の経験からの思いがありました。妻が4年間乳がんの治療を受けた際、今回の沖田さんが提案されたように治癒を目指して手術を受けました。そしてその後も再発予防のために薬の治療も続けました。
ところが手術から2年で肺への転移が発覚。そのときはもう手術はできない状態で、抗がん剤治療という薬での治療を開始。妻にとっての抗がん剤治療は、脱毛、倦怠感、めまいなど強い副作用を伴い、途中で「もうやめたい」と弱音が出るほど大きな苦痛を伴うものでした。
妻の辛い姿を見てなにかいい方法はないかと、沖田さんはネットで『乳がん転移治療』といったキーワードで検索し情報収集をしました。すると『体への負担が少ないがん治療』というタイトルが目につき内容を覗いてみると、それが免疫療法といわれる治療でした。この治療ですが、患者さんの血液を採取し、特殊な装置にかけてその血液を培養し免疫力を上げ、それを再び体内に戻してパワーアップした免疫でがんを叩く、というような治療でした。
理屈的にとても理にかなっていると思える内容で、なにより副作用がほとんどなく体への負担が少ないということに魅力を感じ、次の診察時に主治医に「免疫療法はどうなんですか?」と尋ねました。
すると主治医からは沖田さんが目にした免疫療法は、『科学的根拠に乏しく効果が期待できない』と一蹴、引き続き抗がん剤治療を続けることを推奨され、沖田さん夫妻も、主治医の言葉を信じ、がんが治ることを願って治療を継続しました。
抗がん剤治療で一時期はがんの縮小も確認でき喜んでいた沖田さん夫妻でしたが、ある時期から薬の効果が失くなり、別の薬に変更ということを何度か繰り返して治療を継続してきましたが、最終的にがんは全身に転移。そしてある日の診察で主治医から告げられました。
「もうこれ以上治療の手段がありません。ここでできることはもうないので、今後は在宅医療に切り替えてください」
沖田さんは絶句しました。いままで懸命に治療に耐えてきたのに、突然の治療打ち切りの宣告。病院と主治医に見捨てられたと絶望しました。そして妻は在宅医療に移行し、緩和ケアを受けていましたが、約2ヵ月後に体調が急変して亡くなりました。
そんな出来事があったため、沖田さんはもし妻が免疫療法を受けていたら、「あんなに辛い思いをすることはなく、もしかしたらがんが治っていたかもしれない」という思いを持っていました。