老後のお金について解説する本連載。今回の相談者は、大手証券会社からの案内で5年満期のトルコリラ債券を購入した59歳のTさん。「年利10%」という好条件に魅力を感じて2,000万円を投じましたが、満期を目前に控えたいま、為替レートの変動によって資産を大きく減らしてしまっています。Tさんは、どうすれば失敗を避けられたのでしょうか。アルファ・ファイナンシャルプランナーズの代表取締役・田中佑輝氏が解説します。
「年利10%」のトルコリラ債券を2,000万円買った59歳・男性…「債券=低リスク」の思い込みが招いた後悔【FP相談事例】 (※写真はイメージです/PIXTA)

1.当時のトルコ情勢を十分に把握していなかった

新興国の債券は、国の情勢の変化によって株や債券、為替レートなどが大きく変動するリスク(カントリーリスク)が高いとされています。

 

Tさんが債券の運用を始めた当時、トルコの情勢不安もやや後退し、2018年8月の急落から復活したところだったため、証券会社の営業マンからは「いまが買いだ」と言われていたようです。

 

当時の情勢を再確認してみましょう。

 

・当時は低かった米国金利が上昇しそうであった。米国金利の上昇懸念から一時トルコリラは大幅下落するも、この懸念が後退し、トルコリラは少し戻した
・トルコは慢性的なマイナスの経常収支や高インフレ、多額の対外債務(外国人からの借り入れ)に苦しんでいた。とくに経常収支マイナスの大きさは国際金融市場でリスクと捉えられており、少しでも不安なニュースが出ると暴落するリスクを孕んでいた
・エルドアン大統領による金融政策への介入懸念があった。金利が高くなりすぎることを嫌がったエルドアン大統領と「高インフレ対策を講ずるべき」と考えていた中央銀行の対立が問題に。本来は大統領が金融政策に入り込むことはご法度とされているため、対外的には超悪印象。結局は中央銀行がエルドアン大統領に屈せず利上げをしたことで、懸念は払しょくされていた
・トルコによる米国人牧師拘束と、それに起因する米国による経済制裁の応酬という対米関係の懸念要素が残っていた(米国人牧師の釈放と引き換えに米国の経済制裁は解除)。

 

このように、さまざまなリスク要因が残っていたトルコ情勢ですが、その後、20年にはコロナショック、23年には大地震が発生。いまもなお経常収支のマイナスおよび対外債務の大きさは懸念材料として残っています。

 

しかし、当時のトルコ情勢をあまり理解していなかったTさんは、カントリーリスクを考えずに運用を開始してしまったのです。新興国の債券を購入する際は、先進国の債券を買うのと同じような買い方をするのではなく、その国の情勢や政治をよく理解してから投資すべきだったといえるでしょう。

 

2.債券だからリスクが低いと誤解していた

一般的に債券は、株や不動産などほかの投資商品に比べてリスクは小さいとされています。

 

しかし、債券であればすべてが低リスクという訳ではありません。とくに新興国債券はカントリーリスクが大きく、ときに債券金利を吹き飛ばすほどの為替変動が伴います。

 

また、その国に情勢不安がなかったとしても、先進国の金利の影響を受けやすいことに注意が必要です。

 

先進国の金利が低いときは「リスクを負ってでも新興国通貨で運用しよう」と考える投資家が増え、新興国に資金が流入しますが、逆に先進国の金利が高い場面では「無理してリスクを負わなくても先進国で十分な利益が得られる」と考える投資家が新興国から資金を引き揚げ、先進国に振り分ける傾向が強まります。

 

新興国債券への投資を行う際は、先進国の金利動向も注視する必要があることを覚えておきましょう。

 

3.高い為替手数料を理解していなかった

新興国の債券を購入する場合は、為替手数料にも気をつけなければなりません。

 

とある大手証券会社の為替手数料は次の通りです。

 

・1米ドルあたり50銭(当時の為替レート:120円)

・1トルコリラあたり40銭(当時の為替レート:18円)

 

これを基に計算すると、2,000万円を各通貨に交換した場合の手数料は、

 

・米ドル:8万2,987円(2,000万円に対して0.41%)

・トルコリラ:43万4,782円(2,000万円に対して2.17%)

 

アメリカの債券に比べて、トルコリラ債券の手数料がかなり割高であることがわかります。

 

これは、新興国通貨の流通量の少なさや金利差によって金融機関の調達コストが高くなるためです。“1通貨の単位は小さいのに為替手数料が米ドルと同等だと手数料割合が高くなってしまう”ことを忘れないようにしましょう。

 

新興国債券への投資を行う際に注視すべきリスク

Tさんが失敗した原因から、トルコリラ債券への投資で注意すべき点を下記にまとめました。

 

・為替変動リスクやカントリーリスクを把握してから購入する
・金利だけでなく為替手数料や税金も考慮して投資するか判断する

 

新興国債券は、為替の変動や政治的リスクをしっかり把握してから購入することが大切です。そのためにも、普段から自国だけでなく、他国の情勢にも気を配るようにしましょう。

 

また新興国の債券は金利が高いため魅力的にみえますが、金利だけでなく為替手数料や為替変動リスク、利益にかかる税金など、さまざまな角度から損益をシミュレーションして、投資するかどうかを判断する必要があります。