大手金融機関に新卒で入社するも、自分が思い描く理想と現実のギャップを受け入れられなかったKさん。50歳になった現在の赤裸々な家計事情をみていきます。
気づけば50歳、元エリート銀行員…成功願望に取り憑かれた「意識高い系貧困」の深刻な家計事情 (※写真はイメージです/PIXTA)

FPへの相談結果

交際相手のSさんとともに相談会にやってきたKさんと会い、すぐに気づくことがありました。自分自身と交際相手との生活とお金のことについての相談のはずですが、「自分以外の誰かへの悪口や見下し」の話が多いのです。自分自身の課題には気づけていないようでした。

 

そもそもKさんは大学生時代からなぜ強い成功願望を持つようになったのでしょうか。FPがお金の話の前に人生の物語をゆっくり紐解いていくと、どうやら子供時代に原因があることがわかってきました。両親からの過度な期待と虐待に近い厳しいしつけ、学校の成績と進学の成功体験、引っ込み思案の性格、これらのことがパーソナリティ形成に影響をおよぼしているのかもしれません。FPは診断を下す立場にはありませんが、弊社の数多くの経験から、生育環境でのパーソナリティ形成とお金の問題は密接に結びついていると思っています。

 

数年交際しているSさんはそれに気づいているようでした。しかしKさんは他人への見下しが日常化しているものの、性根は優しい男性であるのはFPも感じ取ることができました。また優秀な大学を卒業し、銀行と保険会社という金融機関に長く属していただけに知的な部分での頼りがいもある男性です。それに仕事で成功したいと思うのはポジティブで悪いことではありません。

 

SさんはKさんと結婚したいと思っているらしいのですが、Kさんはそれでもまだ自分の成功を夢見ているためSさんと向き合おうとしません。Sさんにも貯蓄がありません。会社員として年収400万円ほどがありますが、収入が極めて不安定なKさんを支えているため、貯蓄ができない状態なのです。現在の住まいは家賃7万円のワンルームマンションです。

 

Sさんの情の深さに感心しつつも、おふたりの年齢的にこのままでは将来は破滅的な状況が待っているのは否めません。Sさんが寄り添い続けられるのもいずれ限界が来るでしょう。2人が抱える経済的な問題点をまとめると次のようになります。

 

・Kさんが支払った年金保険料は保険会社を退職した45歳まで(以降免除)

・国民健康保険料、国民年金保険料の滞納で差押えのリスクが常にある

・Sさんの収入に依存しているため、Sさんが定年や病気で退職したら生活できない

・Kさんは数年前に自己破産しているため、自分名義では住まいを借りられない

・老後の住まいがない

・貯蓄がないままでは老後はわずかな年金収入だけの生活になる

 

KさんとSさんにとっては、FPにわざわざいわれなくてもわかっていることだらけです。ではどのように対策を取っていけばいいのでしょうか。これもまた当たり前のことをやるしかありません。

 

・Kさんは年収300万円程度でいいので、就職をする

・Sさんと毎月家計会議をし、2人で計画的に貯蓄をする

・Kさんが就職したら、未納分の国民年金・健康保険料を支払う

・いまの年齢から住宅ローンを組むのは危険なので、老後の住居費の貯蓄を進める

・万が一のときのために、お互いに死亡保険と医療保険に加入しておく

・お金のことで喧嘩をしない

 

これらもまた、いわれなくてもわかっていることでしょう。就労をし、貯蓄をし、リスクに備える、それだけのことです。

 

しかし、Kさんはこれらの話がひどく退屈な様子でした。年収300万円の仕事に就きたくない、これまで負けてきた分は一発で逆転できる自信がある、会社員の貯蓄くらい一年で稼ぐことも可能、医療保険は不要だと知っている、などと言葉を並べるのですが、現状は年収が0円であるわけですから夢物語にしかなりません。「FPの仕事は儲からないだろう」と弊社FPに対しても批評じみたことを言うほどです。Sさんはため息をついています。

 

今後もSさんを困らせ続け、彼女が去ってしまったら、Kさんは貧困と孤独の地獄に陥るはずですが、FPだけの力ではKさんにそのことを気づかせることは困難です。Kさんに必要なのは専門家による医療的なカウンセリングかもしれません。もっと過去の自分が心に溜め込んだものを吐き出す場が必要なのだと思います。もしかしたら成功願望など本当は必要ではなく、もっと欲しいものがあったのではないかと気づくかもしれません。KさんとSさんにはFPだけではなく、専門家による複合的な支援が必要です。

依存は経済的困窮とセット

FPとして金銭的問題を抱えた家庭を数多く見ているとある傾向に気づきます。金銭問題を引き起こし、最悪では離婚や自己破産に突き進む状況には、たとえば次のような原因があります。

 

・病的な買い物依存

・不倫や風俗店通いなどの性的逸脱行為

・何者かになろうとする過度な成功願望

・アルコール依存

 

出発点はどれも願望・欲望・快楽で、共通するのは依存を引き起こしているところです。依存症はいずれも長引くほど金銭に困窮し問題を招くものですが、成功願望の場合は社会的にも「働き者」「夢を持っている」「頑張っている」という評価を得やすく、本人も罪悪感を持ちにくいのが特徴です。もちろん違法性はありません。この成功願望はほかの依存症とやや違い、自己実現への渇望と結びついているので、「やめない限り失敗ではない」という精神状態に陥ります。

 

現代は若い世代にとっても生きづらさを感じやすい時代かもしれません。自尊心を傷つけられる場面が昔よりも増えていると思います。学校ヒエラルキー、人間関係の難しさ、炎上への恐怖、就活での失敗体験、職場での上司との価値観のズレ、親からの過度な期待などが、意識高い系の若者を生み出す原因のひとつになっているようです。意識高い系とは、言葉だけで実績が伴わない様を揶揄する言葉ですが、本人にとっては成功願望と同じくそこに依存する(せざるをえない)背景があるのです。

 

自分にゆっくりと向き合いながら、自分にとって無理のない年収で働き、家族が出来たらよく話し合って等身大の生活をしていく。その当たり前のことが難しくなっているのかもしれません。特別な何者かになろうとするのではなく、自分らしくいようとする努力が経済的な安定にもつながると筆者は常に考えています。

 

 

長岡 理知

長岡FP事務所

代表