利便性とセキュリティはトレードオフの関係
宿輪 そもそも、金融サービス構築の大前提は、真面目な人とそうでない人を見分けることです。そうしないと、いろいろ不都合なことが起こります。そのためには、手間もコストもかかります。利便性だけを追求するわけにはいかないのです。
大橋 金融の基本は善人と悪人をまず見分けること、というのは言いえて妙ですね。利便性とセキュリティは本来、トレードオフの関係にあります。リスクとリターンがトレードオフの関係にあるのと同じです。
小倉 当社では以前、フィンテックについての調査研究の一環でクラウドファンディングを検討したことがあります。しかし、証券会社に確認してみたところ、「そんなことをしたらIPOができなくなる」と止められました。
要は、クラウドファンディングでは出資者のチェックがきちんとできないため、反社会的勢力が入り込む可能性を排除できないというのです。
宿輪 フィンテックのメリットのひとつとして、金融取引がスピーディーになるということがいわれます。しかし、そこには重要な前提があります。法的に問題のない、クリーンな取引であるということです。そういう取引がスピーディーになることは社会的にもメリットがあるでしょう。
しかし、金融取引の中にはマネーロンダリングなど不正なものが必ず入り込んできます。利便性を追求するということは取引のチェックが甘くなることと裏腹であり、個人や中小企業を対象にしたリテール取引では特に、スピーディーであることには慎重であるべきだと考えます。
金融サービスの速さの鍵はペーパレス化
宿輪 そもそも、日本の銀行決済システムは世界一です。欧米ではいまでも振り込みで2~3日かかることは珍しくありません。一方、日本では同じ金融機関の口座間ではほぼ即時、他行同士の間でも数秒で振り込みが完了します。
小倉 金融サービスの速さでまず取り組むべきなのは、ペーパレス化です。私が証券会社にいた頃は、国債はすべて紙の債券で、毎月利札を切り取って銀行に持ち込んでいました。
小さな紙片ですから、なくさないように担当者が細心の注意を払って束ねていました。なお現在は、国債の金利は指定された口座に自動的に振り込まれるようになっています。
大橋 利札が必要となると、時間も労力も馬鹿になりませんね。
小倉 手形も同じです。日本ではいまだに売掛金の15%、30兆円くらい紙の手形の残高があります。決済されており、手形を振り出すほうも受け取る方も、かなりの手間とコストがかかっています。
国では現在、大企業と中小企業との間での取引では、基本的に手形をやめ、現金払いにするよう指導(※)しており、経済界全体の生産性向上のためにも当然のことでしょう。
※ 現金払いへの指導
2016年12月に中小企業庁長官と公正取引委員会事務総長の連名で「下請け代金の支払い手段について」という通達が出され、親事業者による下請代金の支払いについて、次のように求めている。ただし、強制力はない。
①下請代金の支払いはできる限り現金によること
②手形等により下請代金を支払う場合には、その現金化にかかる割引料等のコストについて、下請事業者の負担とすることのないようにすること
③下請代金の支払についての手形等のサイトについては、繊維業90日以内、その他の業種120日以内とすることは当然として、段階的に短縮に努めることとし、将来的には60日以内とするよう努めること
この通達と併せて、下請法の運用基準が厳格化され、また下請け中小企業振興法の振興基準も大幅に改正されている。