仮想通貨、フィンテック・・・テクノロジーの進展とともに「金融」の世界も激動している。本連載では、金融とは本来、実体経済の効率化と活性化を図り、豊かな社会を実現するためのインフラであるということを前提に、証券化やデリバティブなどの金融スキームに詳しい一橋大学大学院の大橋和彦教授、金融インフラの根幹である決済機能の実務と理論に精通する帝京大学の宿輪純一教授をお招きし、Tranzax株式会社の小倉隆志社長とともに、新しい時代に「金融」が担う役割と意義について語っていただく。第1回目のテーマは「フィンテックベンチャー」の課題についてである。

「仮想通貨」は新しい通貨ではない⁉

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
教授 大橋和彦 氏
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授 大橋和彦 氏

大橋 金融を巡る最近の話題と言えば、仮想通貨取引所のコインチェックから約580億円相当の仮想通貨「NEM」(※1)が、外部からの不正アクセスで流出した事件です。コインチェックは取り扱う仮想通貨が14種類と多く、スマートフォンでの使い勝手が良いことなどから人気を集めていました。

 

2014年に同じ仮想通貨取引所のマウントゴックスが約470億円分を消失させましたが、それを上回る過去最大の仮想通貨の流出事件となっています。

 

小倉 仮想通貨はフィンテックの有力なサービスのひとつとされており、最近はビットコインをはじめ急激な値上がりで投機対象として注目されています。また、世界的に見て、日本での取引が多いのも特徴ですね。

 

帝京大学 経済学部
教授 宿輪純一 氏
帝京大学 経済学部 教授 宿輪純一 氏

宿輪 私はかねてより、いまの仮想通貨ブームは単なる投機であり、バブルだといってきました。金融本来の役割とは関係ありません。「仮想通貨」というネーミングから何か新しい通貨のようなものだと思われていますが、本来の意味における通貨としての裏付けや仕組みはまったくといっていいほど整っていません。

 

技術的な基盤とされるブロックチェーンの安全性という点についても、今回の事件で疑問符がついたと思います。仮想通貨の可能性としては、ICO(※2)ができることくらいでしょうが、それも世界各国で規制されつつあります。

 

小倉 NEMだけでなくビットコインや他の仮想通貨の取引価格はピーク時に比べれば大きく値下がりしましたが、意外に底堅い感じです。それだけ投機ニーズがあるのでしょうね。

 

大橋 今回の事件では、コインチェック側がすぐ、被害を受けた顧客約26万人に日本円で総額約460億円を返却すると発表したのも驚きました。そんな多額の資金をすぐ用意できるのでしょうか。

 

小倉 東証一部上場の大手企業でも、これほどのキャッシュをすぐ準備するのは難しいでしょう。しかし、2月13日時点で日本円401億円が出金されたといいます。

 

「金融の理解度」がフィンテックベンチャーの弱点に

宿輪 フィンテック関連のベンチャー企業はネット系の技術には強いものの、金融についてはあまり詳しくありません。金融の基本的な概念や仕組みについての理解が心もとない気がします。

 

例えば、送金はEメールを送るのと同じで、パソコン上でクリックすればそれで終わり。クラウドファンディングも、ネット上で広くたくさん“いいね”を集めるような感覚ではないでしょうか。

 

Tranzax株式会社 代表取締役社長 小倉隆志 氏
Tranzax株式会社 代表取締役社長
小倉隆志 氏

小倉 誤解のないように申し上げておけば、当社もフィンテック関連企業ですが、電子記録債権法という法律に基づき、厳しい要件のもと、法務大臣と内閣総理大臣の指定を受けて業務を行っています。金融についても私自身が大手証券会社の出身で、役員にはメガバンク出身者もいます。

 

宿輪 ひと口にフィンテックといっても、仮想通貨や電子記録債権のほか、モバイル決済、ロボアドバイザーなどジャンルや企業の経営実態はさまざまです。法律上の扱いもサービスにより異なります。電子記録債権は非常に厳格に規制されていますが、仮想通貨について日本はどちらかというと法律もできたばかりということもあり様子見のように見えます。

 

具体的には、昨年4月から「改正資金決済法」の中で仮想通貨を位置づけ、比較的緩やかな規制のもとで仮想通貨交換業を認めています。コインチェックは改正資金決済法の登録申請中の「みなし業者」(※3)であり、今回の事件はそうした緩やかな規制のすき間で発生したといえるかもしれません。

 

※1 仮想通貨「NEM」(通貨単位はXEM)
2014年1月に企画が持ち上がり、2015年3月に公開された仮想通貨。発行残額が約90億単位(XEM)で新規発行がない。多くの仮想通貨ではブロックチェーンに記録する取引情報の暗号化(マイニング)を最初に行った者に新規の仮想通貨で報酬が支払われるが、NEMでは取引に積極的に参加しているかどうかという要素を組み込み、取引手数料を平等に配分するとされている。また、ブロックの生成間隔がビットコインの10分程度に比べて約1分と極めて短く、取引承認(マイニング)のスピードが速い点も特徴とされている。その分、セキュリティが甘かったのではないかと言われる。

 

※2 ICO
ICOとはInitial Coin Offering(新規仮想通貨公開)の略。企業や事業プロジェクトがそれぞれ独自の仮想通貨(トークン)を発行し、それをネット上で仮想通貨と交換して資金を調達する仕組み。投融資や新規株式公開(IPO)とは別の新たな資金調達手段として、また新たな投資対象として注目されている。ビットコインに次ぐ取引規模を持つ仮想通貨イーサリアムも、2014年にICOによって誕生した。誰でも簡単に短期間で資金調達が行える可能性がある反面、集めた資金が途中で消えるといったトラブルも少なくない。2017年に入り、アメリカ、中国、シンガポール、韓国、日本などで規制または禁止されつつある。

 

※3 みなし業者
平成29年4月から施行された改正資金決済法において、新たに仮想通貨交換業者が登録制とされた。仮想通貨交換業者は、仮想通貨の利用者どうしの売買の仲介(媒介)を行うだけでなく、利用者との間で直接、売買を行い、また金銭や仮想通貨を一時的に預かったりもする。施行前から取引所を運営していた企業は、金融庁に登録を申請していれば仮想通貨交換業者とみなされ(みなし業者)、審査中でも営業できる。ただし、みなし業者であっても顧客の資産を適切に管理したり、外部からの監査を受けたりするなど法令順守が求められている。

取材・文/古井一匡 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2018年1月29日に収録したものです。

企業のためのフィンテック入門

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小倉 隆志

幻冬舎メディアコンサルティング

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