成人の子どもが実家で同居すること自体は珍しくありません。しかし、親が高齢になり年金生活へ移行しても子どもが経済的に自立しない場合、家計や関係性に深刻な影を落とします。「親の面倒を見る」という言葉の裏で生じる意識のズレとは。ある家族の葛藤を通じ、高齢の親と中年の子が直面する自立と介護の課題を考えます。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したモデルケースです。
「頼むから出て行ってくれ」年金16万円・74歳父が48歳長男に懇願。「介護するから」と生活費を1円も入れず実家に居座る息子に、年金暮らしの両親が突きつけた現実 ※写真はイメージです/PIXTA

「俺が面倒を見るって言ってるだろ」息子の言葉に絶句

転機となったのは、幸子さんが自宅で転倒し、足を痛めたことでした。

 

幸い大きなけがではありませんでしたが、数日間は歩くのもつらく、家事をこなすことが難しくなりました。茂さんも高齢です。妻の代わりに食事の準備や洗濯をしなければなりません。

 

ところが、大輔さんは普段と変わらない生活を続けていました。

 

仕事から帰宅すると、自分の部屋で過ごし、食事ができるのを待っています。母親が動けないことを知っていても、自分から家事を引き受けようとはしませんでした。

 

茂さんが食事の準備を頼むと、「仕事で疲れているんだから、それくらいやってよ」と返ってきたそうです。幸子さんは、息子に頼ることを諦めました。

 

「私たちが元気なうちはいいんです。でも、これから先、どちらかが病気になったり、介護が必要になったりしたら、どうなるのでしょうか」

 

改めて考えると、大輔さんが口にする「介護する」という言葉には、具体的な内容がありませんでした。食事や洗濯といった日常の家事すら引き受けない息子が、親の介護を本当に担えるのか。茂さん夫婦は疑問を抱くようになったのです。

 

厚生労働省『令和7年国民生活基礎調査』によると、要介護者等を主に介護する人のうち、同居している割合は46.1%にのぼります。その内訳をみると配偶者が22.5%、子が18.2%となっており、前回(令和4年)調査の16.2%から「子」による介護の割合が上昇しています。

 

一方で、同居する主な介護者のうち男性の80.2%、女性の78.1%が60歳以上を占めており、介護者の高齢化(老老介護)が一段と進行しています。親と同居する子どもがいたとしても、日頃の生活で役割を果たしていなければ、将来の介護負担の解消には直結しません。

 

ある日、茂さんは大輔さんに話を切り出しました。

 

「そろそろ、自分で暮らすことを考えてほしい。俺たちも、いつまでも元気でいられるわけじゃない」

 

すると、大輔さんは不満そうな顔で言いました。

 

「今さら何を言ってるんだよ。俺が家にいることが、そんなに嫌なのか。将来、介護が必要になったら俺が面倒を見るって言ってるだろ」

 

茂さんは、息子の言葉に絶句しました。介護をするというなら、まずは今の生活から変えてほしい。家計にお金を入れることも、家事を分担することもできるはずです。しかし、大輔さんにとっては、親と同居していること自体が、将来の介護に対する貢献になっていたのでしょう。

 

茂さん夫婦は、これまでの自分たちの対応を後悔しました。息子が実家を出ないことを問題にせず、生活費を負担しなくても何も言わずにきた。その結果、48歳になった今も、親に生活を支えてもらうことを当然と考えるようになってしまったのではないか。

 

幸子さんも、ようやく夫と同じ考えになりました。茂さん夫婦は、大輔さんに期限を決めて実家を出るよう伝えることにしました。

 

「頼むから、この家から出て行ってくれ。自分たちのことは自分たちでどうにかする。だからお前も自分のことは自分で責任をもて」

 

大輔さんは納得していない様子でしたが、茂さんの決意は変わらなかったとのことです。

 

国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査(2022年)』によると、60歳未満の単身未婚男性において「年老いた親の介護は家族が担うべきだ」に賛成する割合は50.9%と半数を超えます。一方で「高齢者への経済的援助は公的機関より家族が行うべきだ」への賛成割合は29.3%にとどまります。

 

実家に同居していること自体を「将来の介護への貢献」とみなし、日常の生活費負担や家事を免除されていると捉える意識の乖離が生じやすいといえます。実際の介護は負担が大きいものです。親子の情にとらわれず、早期に具体的に話し合うことが重要です。