長年連れ添った夫婦の離婚。人生における大きな決断でしょう。しかし、なかには熟年離婚後にもう一度結婚したくなる人も……。事例を見ていきます。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
「独身サイコー!」熟年離婚を切り出した60歳定年夫、30年ぶりの自由を満喫も…2年後に結婚相談所へ走ったワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

熟年離婚したい夫

「誰にも干渉されず、お金も時間もすべて自分のために使える。離婚届を出した直後は、『独身サイコー!』と叫びたいほど晴れやかな気分でした」

 

そう苦笑いを浮かべながら語るのは、都内の賃貸マンションで一人暮らしを送る学さん(62歳)です。

 

2年前、電機メーカーの定年を迎えた60歳の春、子会社に再雇用され、65歳までは週3日勤務というゆとりある条件で働き続けることになりました。ちょうど子ども2人も独立して家庭を持ち、リタイア後の人生が見えはじめたタイミングでした。

 

夫婦仲は10年以上冷え切っていたという学さん。「これからの人生は自分のペースで生きたい」「小言から解放されて気楽になりたい」という思いが強くなり、30年連れ添った妻に自ら離婚を切り出したそうです。妻は初めこそ離婚に反対したものの、退職金の分割と財産分与と年金分割の話をしていくと次第に納得。離婚の話し合いを始めてから4ヵ月後に家を出ていきました。

 

手に入れたのは、およそ30年ぶりの独身生活。

 

家族で住んだマンションは売却し、学さんは駅から徒歩圏内の単身向けマンションを借り、買い替えた大型テレビやオーディオセットに囲まれる日々。朝何時に起きても、ソファでだらだらとしていても文句をいわれず、仕事のない日は昼間から趣味のゴルフ練習場に通い、夜は気兼ねなく居酒屋で酒を飲む生活に。友人たちに「離婚してよかった」と豪語し、自由を存分に謳歌していました。

 

しかし、自由の賞味期限は長くなかったようです。

 

離婚から1年が過ぎたころから、生活に綻びが生じはじめます。長年家事を任せきりにしてきた学さんは、自炊のレパートリーも少なく、毎日の食事はスーパーの惣菜や外食に頼りがち。溜まったゴミの分別や水回りの掃除は次第に滞り、部屋は荒れていきました。健康診断では肝機能や血圧の数値が悪化し、医師から生活習慣の改善を指導されます。

 

さらに学さんを追い詰めたのは、底知れぬ「孤独」でした。

 

週3日の再雇用先では補助的な業務が中心で、同僚との関わりは、現役時代ほどはありません。週4日の休日は、平日に会話を交わす相手がスーパーのレジ係やコンビニの店員だけという生活が続きました。離婚当初は付き合いのよかった昔の仲間とゴルフに出かけても、夕方に解散して帰宅すれば、待っているのは冷え切った真っ暗な部屋でした。

 

決定打となったのは、62歳の冬にかかった重いインフルエンザです。高熱で寝返りを打つことすらままならず、喉が渇いても水一杯運んでくれる人すらいない。朦朧とする意識の中で天井を見つめながら、「このまま倒れて誰にも気づかれずに死んでいくのではないか」という強烈な恐怖に襲われました。