在宅介護の限界に伴う施設入居では、親の年金額を上回る費用負担や、預けた後も続く精神的負担が家族に重くのしかかります。事例を見ていきましょう。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
片道1時間半をかけて面会に行ったのに、「帰れ!」…年金20万円、高級老人ホームで暮らす81歳父を見舞った54歳娘の無力感 (※写真はイメージです/PIXTA)

認知症になった父の最期

東京都在住の綾子さん(56歳)は、2年前に父・将さんを亡くしました。

 

将さんは元公務員で、定年後は月額約20万円の厚生年金を受給しながら穏やかに暮らしていました。しかし、妻(綾子さんの実母)が病気で先立ってからの5年間、郊外の実家で一人暮らしを続けるなかで、徐々に生活に異変が現れはじめます。同じ食品を大量に買い溜めたり、遠方に住む綾子さんに「泥棒が入った」と深夜に電話をかけてきたりするように。綾子さんが病院へ連れていき、父に検査を受けさせたところ、中等度の認知症と診断されたのです。

 

都内で暮らす綾子さんにとって、車で片道1時間半かかる実家へ頻繁に通って遠距離介護を続けることには限界がありました。火の不始末や徘徊のリスクを考慮すれば、一人暮らしをこれ以上続けさせるわけにはいきません。

 

「施設に入れるしかない」と決断した綾子さんを支えてくれたのは、中小企業を経営する夫でした。「大切なお義父さんなんだから、快適で手厚い環境で余生を過ごしてもらおう」と申し出てくれ、一時金が2,000万円、月額費用が30万円を超える都内近郊の高級有料老人ホームへの入所費用を快く負担してくれたのです。

 

24時間の手厚い看護体制が整い、清潔でホテルのような居室。スタッフも礼儀正しく、綾子さんは「これで父も安心して暮らせるし、娘としてできる限りの親孝行ができた」と胸を撫で下ろしました。

 

しかし、現実は想像を絶するものでした。

 

環境の変化に適応できなかったのか、入所から数ヵ月が経つと、将さんの認知症の周辺症状が急速に悪化していきました。綾子さんが週末ごとに、電車を乗り継いで片道1時間半かけて施設へ面会に訪れ、居室に入ると、最初は穏やかだった将さんが突然表情が険しくなります。

 

「お前が俺をこんなところに閉じ込めているんだ!」「早く帰れ!」

 

娘を罵倒する将さん。居室にいられるのはわずか5分で、施設スタッフが慌てて割って入り、綾子さんをロビーへと促す事態に。不思議なことに、スタッフに対しては「いつもお世話になっています」と愛想よく頭を下げるのに、実の娘である綾子さんに対してだけ、抑えきれない怒りと敵意を剥き出しにするのです。その後も何度も面会に訪れましたが、毎回同じような状態になってしまいます。

 

「父には大学まで出してもらい、本当に感謝していました。だからこそ手厚く見送りたかった。それなのに、面会に行くたびに人格を否定されるような暴言を浴びせられ、最後は顔すら忘れられてしまう。病気のせいとわかっていても、たまらなかったです」

 

綾子さんはそう語り、静かに目を伏せました。