最近、FX自動売買ツールのログイン情報が窃取・悪用され多額の損失を被る事件が話題となっていますが、新NISAや株式投資で利用される大手ネット証券各社(SBI証券、楽天証券、マネックス証券、松井証券など)においても、フィッシング詐欺やID・パスワードの使い回しを狙った「口座乗っ取り・不正取引」の被害が相次いで確認されています。 PHPをはじめとするプログラムの脆弱性を悪用したサーバー攻撃が頻発しており、認証情報が窃取・悪用されるケースも。こうした手口による口座乗っ取りでは、相場操縦を目的とした不正買付などによる多額の損失が懸念される一方、「利用者側」に過失責任が問われる傾向も強まっています。本記事では、サイバー攻撃がもたらす資産運用のリスクと補償のボーダーライン、万が一の被害を防ぐための具体的な防衛策について、経済産業省・高度情報処理技術者である川淵ゆかりFPが解説します。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
証券会社「補償はできません」…NISA資産1,200万円の38歳会社員、不正ログイン被害で資産が消えたのに、“補償ゼロ”。泣き寝入りになったワケ【経済産業省 高度情報処理技術者が警鐘】 (※写真はイメージです/PIXTA)

証券会社からの回答に絶望「え、俺の責任なんですか?」

窓口に被害を訴え、一刻も早い補償を求めたAさん。しかし、担当者から返ってきたのは、絶望的な一言でした。

 

「調査の結果、他社サービスと同じパスワードを使い回していたことが、不正アクセスにつながった可能性が高いと判断しました。大変恐れ入りますが、当社の規約に基づき、現時点では本件の損失は補償の対象外となります」

 

「え……? 俺の責任なんですか? なんで……!?」

 

思わずスマートフォンに向かって声を詰まらせたAさん。自分が注文したわけでもない取引によって、300万円もの損失が生じている。それなのに、すぐには補償されないという現実を突きつけられた瞬間でした。

 

Aさんは、自分にもパスワード管理の落ち度があったのかもしれないと考えました。しかし同時に、「犯罪者に口座へ侵入された被害者なのに、なぜ損失まで背負わなければならないのか」というやりきれなさも消えません。

 

※不正アクセスの被害に遭ったからといって、利用者に必ず全面的な責任があるとは限りません。補償の可否は、パスワードの管理状況だけでなく、フィッシングの経緯、被害発覚後の対応、証券会社側の認証・検知体制などを含め、個別の事情を踏まえて判断されます。

実際の「不正アクセス・不正取引」で生じる被害額

金融庁や日本証券業協会、警察庁などが公表している資料を見ると、証券口座の不正アクセスや不正取引は、少額の被害にとどまらず、数百万円から数千万円規模におよぶケースも確認されています。

 

ただし、公表されている「売却金額」や「買付金額」は、不正アクセスを受けた口座内で行われた取引金額の合計です。そのため、その金額がそのまま利用者の確定した損失額を示すわけではありません。売却後に買い付けられた銘柄の価格変動や、被害回復の状況などによって、実際の損失額は異なります。

 

証券口座の被害が大きくなりやすい背景には、現金が口座の外へ不正に出金されるだけでなく、口座内の株式や投資信託を売却し、その代金で別の銘柄を買い付ける手口があることです。金融庁によると、不正アクセス後に口座内の株式などを売却し、その売却代金で国内外の小型株などを買い付ける事例が多く確認されています。

 

そのため、口座に保有している資産が多いほど、不正取引の規模も大きくなりやすいと考えられます。たとえば、NISAで積み立ててきた投資信託を勝手に売却され、その代金で見覚えのない流動性の低い銘柄を買い付けられた場合、現金が口座の外へ出金されていなくても、価格下落によって大きな損失が生じるおそれがあります。

 

Aさんの300万円という損失も、決して極端にかけ離れた金額とは言い切れません。証券口座の不正利用では、保有資産の規模や取引内容によって、被害額が大きく変わるからです。

銀行とは異なる「証券会社の補償基準」

銀行預金には法令上の保護体制(預金者保護法)が存在しますが、証券口座の不正取引に関する補償規定は、各証券会社が定める利用規約や運用基準に委ねられています。 証券会社側にシステム上の欠陥(脆弱性)がない場合、ログイン情報の管理不足は「顧客側の重大な過失」と判断され、補償が一切認められないケースが実務上存在するのです。 

 

一般的に「本人の重大な過失」とみなされやすいボーダーラインには、以下のようなものがあります。 

 

他社Webサービスと同じID・パスワードの使い回し 

端末の不適切な管理、パスワードの他者開示・漏洩 

未確認による偽サイト(フィッシングサイト)への認証情報入力 

不審なアプリのダウンロードやマルウェア感染 

多要素認証(2FA/MFA)の未設定・無効化 

 

日本証券業協会などの働きかけにより、現在では証券業界で、フィッシングに耐性のある多要素認証やパスキーの導入・必須化が進められています。 

 

しかし、ここで注意しなければならないのは、「システムの安全対策が進んだからこそ、設定を怠っていた利用者の責任(過失)がより厳しく問われるようになった」という点です。 

 

かつては業界全体でセキュリティ対策の途上であったため、救済措置として補償されるケースもありました。しかし、多要素認証などの防御策が提供されている現在において、「多要素認証を使っていなかった」「他社で漏れたパスワードを使い回していた」ことが判明した場合、規約上「顧客側の重過失」と判定され、資産が戻ってこない(補償ゼロ/大幅カット)という厳しい現実に直面することになります。