定年退職後、退職金や貯蓄などのまとまったお金を背景に「いまのうちにやりたいことをやろう」と考える人は少なくありません。しかし老後資金は、たしかに夢を叶える最後のチャンスであるかもしれませんが、それ以前に老後の生活を守る有限なお金であることも忘れてはいけません。本記事ではKさんの事例とともに、老後の本当の財産について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
「40年分のご褒美で、ファーストクラスに乗ったんですが…」退職金2,000万円・夢のヨーロッパ旅行を満喫した60歳夫婦。帰国後、“最近タワマンを買った娘の一言”で、「また毎日納豆生活に戻ります」とトホホなワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

最高の思い出に水を差す長女

帰国して最初の週末、実家に顔を出したのは長女のMさん(34歳)でした。都内で夫と共働きをしながら、小学校に上がったばかりの子どもを育てています。

 

最近ペアローンでタワーマンションを買ったばかりで、その値段は1億円を超えているとのこと。長女Mさんはもともとお金に細かい生活をしていましたが、最近は食費から教育費の積み立てまで、口を開くとお金のことばかりです。「タワーマンションなんて買うからだろ」と父親のKさんは思っていましたが、黙っていました。

 

「お父さん、旅行どうだった?」と聞かれ、Kさんは待っていましたとばかりにタブレットを取り出します。機内やホテルのロビーで撮った写真を次々に見せ、「いやあ、最高だったよ。ファーストクラスにして正解だった。母さんにもいい思いをさせてやれた」と上機嫌です。テーブルには、パリの有名な店で買ってきたチョコレートの箱が並んでいます。

 

長女Mさんは最初は驚いて写真を眺めていましたが、次第に表情がかわっていきます。

 

「……お父さん、これ、全部でいくらかかったの?」と聞きました。Kさんが「一生に一度の記念だからな。飛行機とホテルと買い物で、500万くらいかな」と答えると、長女Mさんが息をのむ様子がわかりました。

 

「退職金から、いっぺんに500万使ったの?」と聞き返す長女Mさん。父Kさんは答えます。「退職金が2,000万出たんだ。貯金もあるし500万使っても、まだ2,400万残ってる。十分だろう。これからはまた毎日納豆を食べて過ごすよ」と笑って返しました。

 

しかし長女Mさんは畳みかけます。「全然十分じゃないよ。本気でいってるの?」Kさんは笑ってその場を和ませようとしましたが、長女Mさんはどんどん興奮していきます。

 

父のKさんは、長女にこの話はしなきゃよかったなと反省したときにはもう遅かったようです。

 

退職金を5年で使い果たす計算

長女のMさんはバッグからスマートフォンを出し、電卓を開きました。「お父さん、65歳までは働かないんだよね。再雇用も断ったっていってたし」と確かめる長女のMさんに、Kさんは「ああ。40年働いたんだ。年金が出るまで、少しのんびりしようと思ってる」とうなずきました。

 

「じゃあ年金までの5年間、なにで暮らすの? うちの生活費、月いくらかかってるか知ってる?」と聞かれても、Kさんは答えられませんでした。給料はすべて妻に渡し、家計のことは任せきりだったのです。お茶を淹れていた妻のYさんが、「普段どおりに暮らしても、月25万円くらいかしら。固定資産税もあるし……」と小さな声で答えました。

 

「月25万なら1年で300万。5年で1,500万円」といいながら、長女のMさんは電卓の画面をKさんの目の前に向けました。「65歳になるときには、残りは900万円じゃん。それで90歳まで暮らせるの? 年金だって多くはないよ?」Kさんは娘の言うことがうるさいなと思うと同時に、900万円という数字に内心戸惑いました。65歳で退職金は全部使い果たすということか、と。

 

長女Mさんは興奮して続けます。「しかもね、辞めた次の年も、去年のお給料に合わせた住民税が来るんだよ。健康保険も、これからは会社が出してくれない。お母さんは60歳になるまで、国民年金を自分で払わなきゃいけないし」。妻Yさんはまくしたてる娘にうんざりしたようにテレビを見ています。

 

「この家、建ててもう25年でしょ。外壁の継ぎ目はひび割れてるし、屋根も一度も塗ってない。給湯器だって、前に調子が悪いっていってたじゃない。お風呂やトイレまで入れたら、300万円くらいはかかるよ」

 

リビングの雰囲気が暗くなってしまったことに気づいたのか、長女Mさんは帰っていきました。

 

「あいつ、自分がお金に不安があるんじゃないのか。住宅ローンも毎月30万円近く返しているんだろ? お金お金って、俺たちの記念旅行にまで文句をつけるなんて困ったもんだよ……」夫Kさんはそういいましたが、妻Yさんはなにかを考えているようでした。