定年退職を迎えた夫の「第二の人生」。自由な時間が増えるはずが、不可解な行動によって夫婦間に深刻な溝が生まれる――ある夫婦の葛藤を通し、定年後の働き方や意識のすれ違いに迫ります。
「なんで毎日いないのよ…」退職金2,200万円・大手を定年退職した夫の不穏行動。58歳妻、ブチ切れのワケ ※写真はイメージです/PIXTA

孫より優先したもの

美紀さんの不満は、少しずつ積み重なっていました。翌日、浩二さんが出かける準備をしていると、美紀さんは尋ねました。

 

「今日も出かけるの?」

「うん」

「どこへ?」

 

浩二さんはしばらく黙り込んだあと、「ちょっと仕事」と答えました。

 

美紀さんは思わず「仕事!?」と聞き返しました。そこで初めて、夫が定年後も働いていたことを知りました。元の勤務先の取引先から声をかけられ、週5日、業務の手伝いをしているというのです。勤務時間は基本的に午前9時から午後4時ごろまで。たまに残業で遅くなることもあるそうです。基本給は18万円ほど。残業代でプラス5万円ほどだといいます。

 

「なんで言わなかったの?」

 

浩二さんは「言ったら反対するだろ」と答えました。美紀さんは、その言葉にさらに腹が立ちました。

 

「反対するかどうか、なんで勝手に決めるの!」

 

浩二さんは退職前から、会社を辞めたあとも何か仕事をしたいと考えていたといいます。35年間、朝から晩まで会社中心の生活を送ってきました。定年後、急に家にいる毎日になることに抵抗があったというのです。

 

「退職金も入るんだから、もう仕事を辞めたら。家のことをやってよ。孫も生まれるんだし」

 

そう勧めたのは美紀さんでした。しかし浩二さんは、何も言わないまま新しい仕事を始めていたのです。

 

「俺は、もう会社を辞めた。これからの時間くらい、自分で決めたい」

「反対されると思った」

 

浩二さんはそう話します。しかし美紀さんにしてみれば、反対するかどうか以前の問題でした。

 

「なんで現役で働いている私が、今まで通り、家事を全部しなきゃいけないのよ! さらに孫の世話まで大変なんだから」

 

国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査(2022年)』によると、妻が正規雇用であっても50.6%が家事の「8割以上」を担っており、妻が50代の世帯における夫の平日平均家事時間は39分と全世代で最短です。

 

さらに、同研究所『第16回出生動向基本調査(2021年)』では、第1子が3歳になるまでに祖母が育児の手助けをした割合は57.8%に上ります。

 

仕事や家事に加え、孫の世話まで抱えがちな妻。夫の定年後の生活設計には、役割分担を巡る夫婦の対話が不可欠といえます。