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「退職したら家にいる」はずだった
「退職したんだから、少しは家のことをしてくれると思っていました」
都内在住の山中美紀さん(58歳・仮名)。夫の浩二さん(60歳・仮名)は、35年間大手で働き、60歳の定年を迎えました。
ほとんどの同期が再雇用を選ぶなか、浩二さんは定年で会社を去ることにしました。退職金は2,200万円。住宅ローンはすでに完済しており、夫婦の金融資産は退職金とは別に約3,400万円あります。美紀さんも現役で働き、月収は30万円ほど。年金受給が始まるまではあと5年。
「これなら、無理をしなければ大丈夫だと思っていました」と美紀さん。
厚生労働省『令和7年 高年齢者雇用状況等報告』によると、定年後に継続雇用の更新を希望せず、完全に仕事を辞めた人はわずか6.6%にとどまります。総務省『労働力調査(2025年平均)』をみても、60〜64歳の就業率は74.9%に達し、65〜69歳でも54.5%と過半数が働いています。資金の心配がなくても、「社会とのつながりを保ちたい」「急にやることがなくなるのは抵抗がある」と、自ら働くことを選ぶシニアが圧倒的多数派となっているのが実態です。
そのようななか、定年から2カ月ほどたったころ、美紀さんは夫の生活に違和感を覚えるようになります。浩二さんは朝7時半ごろ家を出ていくようになったのです。美紀さんが仕事から帰るのは午後6時。まだ帰っていない日もあります。行き先を聞いても、「ちょっと用事」と答えるだけです。
そんな折、娘に子どもが生まれました。娘夫婦は共働きです。生後間もない孫の世話を頼まれることもあります。
「お母さん、金曜日だけでも来てもらえない?」
娘からそう頼まれれば、美紀さんも仕事を調整しました。ところが、浩二さんはなぜかいません。
「お父さんは?」
娘に聞かれても、美紀さんには答えられませんでした。夫は定年退職しているのです。時間はいくらでもあるはずでした。
ある金曜日、その日も美紀さんは仕事を終えてから娘の家へ向かいました。孫の世話を終え、帰宅したのは午後8時過ぎです。そこにも浩二さんの姿はありませんでした。午後9時を過ぎても帰ってきません。
美紀さんが電話をすると、「まだ外」と、それだけでした。
「何してるの?」
「用事だよ」
電話は、それだけで切れました。美紀さんはスマートフォンを見たまま、しばらく動けませんでした。夫は定年退職してから、毎日のように朝から出かけています。どこへ行くのか聞いても、「ちょっと」「知り合いに会う」と曖昧な返事ばかりでした。
浮気――
しかし、こんなわかりやすいことをするわけがありません。どのような理由であれ、美紀さんはまだ働いています。仕事を終えれば買い物をし、夕食をつくる。娘から「孫を見てほしい」と連絡があれば、シフトを調整することもありました。その一方で、夫は毎日どこかへ出かけていく。
「なんで毎日いないのよ……」