夫の定年後、「これからは夫婦でゆっくり」と考える人は少なくありません。しかし、長年それぞれの生活リズムを築いてきた夫婦にとって、急に一緒に過ごす時間が増えることが、必ずしも心地よいとは限らないようです。夫の退職を機に1人の時間を失い、家事の負担まで増えた66歳のユミコさん。そんな彼女が選んだのは、数十年ぶりに「働く」という道でした。事例を見ていきましょう。
あなたは定年、でも私の仕事は増えた…〈年金月23万円〉68歳夫の「悠々自適の老後」に疲れた〈66歳妻〉が選んだ意外な居場所 ※写真はイメージです/PIXTA

66歳、数十年ぶりの「仕事探し」

そんな生活が数か月続いたころ、ユミコさんは近所の商業施設でパート募集の案内を見つけました。

 

接客・販売の仕事でした。実はユミコさんは、結婚する前まで接客業で働いていました。

 

人と話すことが好きで、仕事そのものも好きだったといいます。しかし結婚し、子どもが生まれてからは家庭を優先。短期間のパートなどを除けば、本格的に働く機会はありませんでした。

 

募集を見たとき、

「これ、やってみたい」

と素直に思いました。

 

「お金が必要だったわけじゃないんです。もちろん収入が増えるのはうれしいですけど、それ以上に、家から出る理由が欲しかったんでしょうね」

 

週3日、1日5時間程度。

 

久しぶりの仕事に不安はありましたが、以前の接客経験や人と接することが好きな点も評価され、採用が決まりました。

 

66歳での再就職です。

 

「なんで今さら働くんだ?」

夫に採用が決まったことを伝えると、返ってきたのは思いがけない言葉でした。

 

「なんで今さら働くんだ?」

 

夫は不思議そうに続けました。

 

「生活に困ってるわけじゃないだろう。せっかく俺も仕事を辞めたんだから、一緒に出かけたりすればいいじゃないか」

 

その言葉に、ユミコさんはカチンときたといいます。

 

「あなたは仕事を辞めて好きなように過ごしているでしょう。私だって、自分がやりたいことをしていいでしょう?」

 

夫は黙りました。

 

「あなたが嫌だから働くわけじゃない。でも私は、あなたが会社に行っていた間、自分の時間を持っていたの。それが定年と同時に全部なくなったのよ」

 

夫はそのとき初めて、自分の退職を妻も同じように喜んでいるわけではないと知ったようでした。

 

「いらっしゃいませ」が思った以上に楽しかった

数十年ぶりに始めた接客の仕事は、ユミコさんが想像していた以上に楽しいものでした。

 

最初はレジ操作や商品の場所を覚えるのに苦労しました。

 

それでも、「これ、どこにありますか?」と尋ねられ、案内すると、「ありがとう」と返ってきます。

 

「家とはまったく違うんですよね。『いらっしゃいませ』って言って、お客さんと少し話をするだけでも楽しいんです」

 

職場には同年代のパート仲間もいれば、20代、30代のスタッフもいます。仕事帰りに同僚と少し立ち話をしたり、若いスタッフにスマートフォンの便利な機能を教えてもらったりすることもあります。

 

そして何より、「今日は仕事がある」と家を出る日ができました。

 

ユミコさんにとって、パートは収入を得る場であると同時に、妻でも母でもない「自分」に戻れる場所になりました。