(※写真はイメージです/PIXTA)
両親の突然の死、「モノを捨てること」への逃避
ミサトさん(仮名)がミニマリストとしての生活を始めたのは6年前、37歳のときでした。原因は、両親を交通事故で同時に亡くしたことです。
一人っ子だったミサトさんに重くのしかかったのは、深い喪失感と、実家に残された膨大な遺品の整理でした。実家には親の生活用品や趣味の道具、大量の衣類・本が溢れており、精神的なショックも癒えないまま、仕事の合間をぬい、何ヵ月もかけて一人で不用品を処分しなければなりませんでした。
このとき、両親の保険金や実家の売却などで合計約7,000万円というまとまった資金がミサトさんの手元に入りました。独身で雇用形態は派遣社員。これまで抱いてきた金銭的な不安は消えたものの、「モノなんてなんの意味も持たないんだ」という価値観が根付いたのです。そんなとき、目にしたのがミニマリストの自己啓発本。すっかり感化されたミサトさんは、「自分はなにも持たずに生きていこう」と決心します。
最寄駅から商店街やコンビニを通って帰宅していた1LDKのマンションから、家賃の安い築古の6畳一間の駅近アパートに引っ越し、自分の所有物を徹底的に処分しはじめました。喪服類を除けば、着る服はユニクロの上下が数組と冬用のコート一着のみ。カバンはエコバッグと通勤用のシンプルなトートバッグだけ。靴も黒のパンプスとスニーカー、クロックス1足ずつにまで絞り込みます。家具は折りたたみテーブルと布団一式のみ。そうして処分した服や家具をフリマに出すと、約100万円になりました。医療保険も無駄と主張するミニマリストのインフルエンサーの影響を受けて、すべて解約しました。
スッキリとした部屋に立つことで、ようやく心が落ち着いてきました。ミニマリスト生活は、人の至高の営みのようにさえ思えたのです。
人間関係の清算
しかし、持ち物を極限まで削った生活は、周囲との軋轢を生むようになります。自分でモノを持たない代わりに、「どうしても必要なとき」は他人に頼ろうとしたからです。
ある日、知人の結婚式に招待されたミサトさんには、着ていくワンピースもバッグもありませんでした。そこで、昔からの友人に連絡し、パーティードレスを一式貸してほしいと頼みます。
「買うか、レンタル業者で借りればいいのに」
呆れ顔でそういう友人に対し、ミサトさんはこう返しました。
「だって、買ったら部屋にモノが増えるし、借りるのも面倒じゃない。この年だし、次に結婚式に行く機会があるかどうかもわからないんだから貸してよ」
その言葉を聞いた友人の表情が曇りました。
「それって、自分がやりたくてやっているミニマリストのシワ寄せを、人に押し付けているだけじゃないの?」
批判を受けたミサトさんは、激しい不快感を覚えました。「自分の思想を理解してくれない人に気を遣うくらいなら、人付き合いなんていらない」。そう思い詰めたミサトさんは、スマホから友人の連絡先を次々と消去。モノだけでなく、友人関係や恋愛の機会すら「無駄なコスト」として遮断します。