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いったん「離婚話」はなかったことに
「家を売るのに自腹を切らないといけない――金が残るどころか大赤字じゃないか!」
拓也さんがうろたえていると、美咲さんも感情を爆発させます。
「これじゃ、離婚しても大変じゃない。XX(長男の名前)の学費だって払えないわ」
世帯の貯蓄400万円からこの赤字を補填すれば、残る現金は250万円です。これを夫婦で折半すると、1人当たり125万円しか残りません。
「手元に125万円しかないなんて信じられない。これじゃ新居の敷金や引っ越し代で消えてしまう。当面の生活費はどうするのよ。あなた、養育費はちゃんと払えるんでしょうね?」
美咲さんが声を荒らげます。拓也さんは年収1,200万円、美咲さんは年収600万円。それぞれ、平均値を大きく上回る収入を得ています。しかし実際に離婚後の生活が見通せない――そんな現実に、2人は沈黙しました。
「……仕方ない。家は売らない。このままここに住むしかないだろう」
拓也さんの言葉に、美咲さんも反論しませんでした。結局、2人は離婚話を一気になかったことにしました。愛情が戻ったわけではありません。金銭的な理由だけで離婚を断念し、同じ屋根の下で会話もなく暮らす「仮面夫婦」を続けるしか道はないという判断です。
「そもそも、こんなことで離婚を踏みとどまるのだから、無理に別れたら後悔していたかもしれない。そう自分に言い聞かせています」
「都心タワマンならいつでも高く売れる」という神話は崩れつつあります。メディアでは「首都圏のマンション在庫増」が報じられていますが、実は千葉や埼玉などの周辺エリアでは在庫が減少しており、売れ残りは東京都心部に集中しているのが実態です。
マンションリサーチ株式会社の調査(2022年1月~2026年6月)によると、直近の都心5区では、成約に至るまでの値下げ率が拡大しているにもかかわらず、販売にかかる日数はむしろ長期化しています。金利の上昇に伴う住宅ローン借入可能額への影響などから、市場は「値下げをしても買い手の目線と合致しにくい、新たな価格模索の段階」に入っているのです。
加藤さんが直面した「価格を下げても経費を引くとローンを完済できない(オーバーローン)」という窮状は、まさにこの都心不動産市場の変化をリアルに象徴しているといえるでしょう。
〈参考資料〉