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高収入世帯を突如襲った「母の脳梗塞」
都内のIT企業で部長を務める高橋達也さん(48歳・仮名)。年収は1,200万円、手取りの月収は約70万円。妻・直子さん(仮名・45歳)、中学生と小学生の2人の子どもの4人暮らし。住宅ローンと教育費の負担があっても、毎月10万円以上を貯蓄に回すことができる――周囲からは、恵まれた家庭に見えていたでしょう。高橋さん自身もそう自負していたといいます。
平穏な生活が一変したのは、1年前のことです。地方の実家で一人暮らしをしていた母・節子さん(79歳・仮名)が脳梗塞で倒れました。病院へ緊急搬送され命は助かったものの、右半身に麻痺が残り、自力での歩行が困難になります。介護認定を受けた結果、要介護3と判定されました。
車椅子生活を余儀なくされた節子さんの収入は、公的年金の月13万円のみですが、1,500万円以上の預貯金があります。退院に際し、病院のソーシャルワーカーから施設入所も提案されましたが、節子さんは激しく拒絶します。「住み慣れた家で暮らしたい。施設に入ったらおしまいだ」と涙を流したのです。
節子さんは意識や記憶がハッキリしていたため、身体が思うように動かない焦りと不安を強めていきました。その結果、一人息子である達也さんへ極度に依存するようになったのです。
達也さんは母の強い希望を尊重し、実家での在宅介護を開始。介護保険制度を利用し、訪問介護やデイサービスを限度額いっぱいまで組み込みます。さらに、自費の訪問看護や夜間の見守りサービスも契約しました。介護保険外の自費サービス代として毎月約20万円が発生したものの、達也さんの収入があれば十分に支払える金額でした。
「お金で解決できるなら、母の望み通り家で看てあげよう」
しかし介護を始めて数ヵ月が経過した頃から、肉体的・精神的負担が大きくなっていきました。節子さんの依存心は日増しに強くなっていきました。日中にヘルパーが訪問していても、達也さんの携帯電話には1日に何度も着信が入ります。
「足が痛くて動けない」「ヘルパーさんの言い方が気に入らない」「一人にしないでほしい」といった訴えが連日続きました。記憶や意識が鮮明だからこそ、動かない身体への恐怖と孤独感が、そのまま息子に対する怒りや哀願に変わってしまったようです。
達也さんは週に4日、仕事を終えた後に片道1時間かけて実家へ向かいました。深夜まで母の愚痴や不安を聞き、排泄や体位変換を介助します。翌朝は寝不足のまま出社し、業務をこなす日々が続きました。勤務中に何度もスマートフォンが鳴り、業務に集中できません。大切なプレゼンテーションでミスを犯すなど、仕事面でも徐々に支障が出始めました。
厚生労働省『2025(令和7)年 国民生活基礎調査』によると、主な介護者のうち「別居の家族等」が占める割合は13.4%に上り、プロの事業者(16.0%)に匹敵する重要な存在となっています。主な介護者の悩みの原因は「家族の病気や介護」が全体の49.8%に達し、「自由にできる時間がない(12.7%)」や「自分の仕事(9.9%)」が上位を占めます。
この結果は同居介護者を対象にしたものですが、別居の遠距離介護では、同居特有の精神的負担に加えて長距離移動による時間・体力の消耗が上乗せされるため、仕事や家庭を持つ現役世代の疲弊は、同居介護以上に深刻化することもあるでしょう。
疲弊していく達也さんの変化に、自宅を守る妻の直子さんも危機感を抱きます。ある夜、午前1時にフラフラになって帰宅した達也さんに対し、「お義母さんのためにお金を使うのはいい。でも、あなたが会社を休んだり、辞めたりしたら、それはもう別の話だよ」と直子さん。親孝行を優先させるあまり、家族を犠牲にする――本末転倒な現実が目の前に広がりました。