(※写真はイメージです/PIXTA)
資産1億円でFIREを果たしたが…
「これで会社という組織に縛られず、妻と二人で自由な人生を満喫できる」
1年前、長年勤め上げた会社を57歳で早期退職したリョウさん(仮名)は、晴れやかな笑顔で周囲の送別に応えていました。定年まであと3年というタイミングでの退職に対し、後輩社員からは「あと少しで定年なのに勿体なくないですか」と引き止められましたが、リョウさんの決意は揺らぎませんでした。若手時代からコツコツと積み上げてきた資産が、ついに目標の「1億円」に到達したからです。
リョウさんが築いた1億円の内訳は、現金・預金が2,000万円、株式や投資信託が5,000万円、そして地方都市に購入した1棟中古アパート(評価額3,000万円)でした。不動産からの家賃収入と株式の配当金を合わせ、年間400万円以上の不労所得を見込む計画です。年間生活費の25倍にあたる資産を用意すれば不労所得で暮らせるという「FIRE」の法則に照らし合わせても、自分の試算は完璧だと確信していました。
妻は「あともう少し我慢すれば退職金も満額になるのに、いま辞める必要があるの?」と心配していましたが、有頂天になっていたリョウさんは耳を貸しませんでした。
退職直後の数ヵ月は、まさに人生の春そのものでした。平日の昼間からゴルフに出かけたり、夫婦でゆったりと旅行を楽しんだりする日々。かつての同僚たちが満員電車に揺られている時間に優雅なひとときを過ごしているという事実が、リョウさんの優越感を大いに満たしました。
しかし、その幸福な時間は長く続きませんでした。退職から半年が過ぎたころ、当てにしていた不動産事業に異変が生じます。
リョウさんが所有する地方アパート(全10室)は、購入時には「高利回りの優良物件」と宣伝されていた築20年の建物でした。長年住んでいた入居者が退去したのを手始めに、空室が次々と発生。周辺には駅に近い新築物件が相次いで建設されており、駅から距離のある築古のアパートは競合に太刀打ちできませんでした。あっという間に半数の5室が空室となり、期待していた家賃収入は半減してしまったのです。
さらに老朽化した建物の修繕費や給湯器の交換費用など、不意の出費が数十万円単位で発生。追い打ちをかけるように株式市場も低迷し、配当金の減額と含み損が二重でのしかかりました。年間400万円を想定していた不労所得は、半分以下の200万円未満にまで落ち込んだのです。
不足する生活費を補うため、リョウさんは絶対に手をつけてはならないと決めていた投資信託の解約に踏み切りました。一度元本を崩し始めると、資産の減少スピードは加速度的に早まります。元本が減れば翌年以降の配当収入も減るという悪循環に陥り、1億円あった総資産はみるみる削られていきました。
冷ややかな視線を向ける妻との関係も悪化し、絶望に打ちひしがれたリョウさんは退職からわずか1年で再就職を決意します。しかし、特別なスキルを持たない58歳に正社員のポストを用意する企業など存在しませんでした。
窮地に追い込まれたリョウさんはプライドを捨て、かつての部下で現在は自分の後任として部長職に就いている佐藤さんに電話をかけました。
「頼む……正社員じゃなくていい、アルバイトでも構わないから、俺をもう一度会社で雇ってくれないだろうか」
1年前、惜しまれつつ「自由な人生」へと旅立ったはずの元上司の見るに堪えない情けない姿。リョウさんは自らの見通しの甘さと、キャリアを捨ててしまった代償の大きさを痛感しながら、悔しさと恥ずかしさで後悔にうちひしがれています。