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決算発表と「ストップ安張り付き」の恐怖
佐々木さんをさらに深刻な不安へと追い込んだのが、配当金の減配リスクと、株式市場の現実でした。FIRE当初、年間の生活費は300万円ほどを想定していました。ところが、物価高の影響で光熱費や食費などが膨らみ、次第に月35万円近くかかるようになっていきました。年間にすれば400万円を超えます。
当初は「配当金などで年間400万円程度が得られる計算だから問題ない」と考えていました。しかし、生活費が想定以上に膨らんだことで、配当収入と支出の差はほとんどなくなっていました。そんななか、保有していた高配当銘柄の一つが、業績不振を理由に配当金を大幅に減らすと発表します。加えて決算発表を受けて売り注文が殺到し、株価はストップ安まで売り込まれました。
「もし次の決算でも別の銘柄が減配したら。もし株価まで大きく下がったら……。そう考えると、怖くて仕方がなくなりました」
それ以来、佐々木さんは以前にも増して株価や企業の決算を頻繁に確認するようになりました。朝起きれば株価を確認し、夜には米国市場の動きをチェックしていました。「働かなくていい生活」を手に入れたはずなのに、今度は資産の値動きから目を離せなくなっていたのです。
不労所得の不確実性と絶え間ない恐怖――耐えかねた佐々木さんは、退職から1年後、再び会社員として働く決意を固めます。しかし、一度手放したキャリアを取り戻すのは容易ではありませんでした。
「面接官からは『FIREしたものの厳しくなって戻ってきたのか』と冷ややかな視線を向けられました。現役時代の年収1,100万円と同等の条件など当然望めるはずもなく、15社連続で不採用通知が届いたときはどうしたものかと……」
最終的に佐々木さんが採用されたのは、年収420万円の中小IT企業における契約社員のポジションでした。年収は現役時代の半分以下に落ち込みましたが、それでも佐々木さんは安堵の表情を見せます。
「とりあえず、給与で最低限の生活は保障される。配当は日々の贅沢に使ってもいいし、資産運用に回してもいい。心に余裕が生まれました」
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査2025』によると、単身世帯の約45%が「心の豊かさには経済的なゆとりが必要だ」と答えています。
しかし、たとえ2億円の資産があっても、「毎月の安定した収入」がなくなると、物価高や株価暴落といった環境の変化に途端に脆くなってしまうのがFIREの隠れた落とし穴です。ただお金を貯めるだけでなく、社会とのつながりや一定の労働収入を保ち続けること――それこそが、揺らぐことのない本当の「心のゆとり」を生み出すカギといえそうです。