老後のために貯めたお金は、できるだけ子どもに残す――そんな考え方は今も根強くあります。一方で、資産を相続財産として残すのではなく、自分たちの暮らしに使うという夫婦もいます。「子どもには残さない」と決めたある夫婦から、老後のお金の使い方を考えていきます。
「子どもに1円も残しません」〈資産4,200万円・年金月28万円〉70代夫婦、老後になって「お金は自分たちで使う」と決めたワケ ※写真はイメージです/PIXTA

お金を使うことに罪悪感を覚えていた

東京都内で暮らす田中茂さん(71歳・仮名)。妻の恵子さん(69歳・仮名)と二人暮らしです。会社員として長く働き、65歳で定年退職。恵子さんも長くパートをしていましたが、現在は仕事をしていません。

 

二人の経済状況をみていくと、退職金や預貯金を含む金融資産が4,200万円、年金は夫婦で月28万円、手取りで24万円弱。持ち家でローンは完済済み。金銭面で、大きな不安はありません。

 

「月の生活費は15万円くらい。年金から月8万〜10万円ほどを貯金に回しています」

 

子どもは2人で、それぞれが家庭をもっています。以前は「できるだけお金は残しておきたい」と考えていました。住宅購入や孫の教育費など、これから子どもたちがお金を必要とする場面があるでしょう。だから、貯蓄を老後の生活だけに使うことには抵抗があったのです。

 

そんな夫婦の考えが変わったのは、退職後に始めた旅行でした。現役時代は仕事や家族の予定を優先し、夫婦だけで遠出する機会は多くありませんでした。70歳を前に、友人夫婦が海外旅行を楽しんでいる話を聞くうちに、恵子さんが「私たちも海外に行ってみたい」と言うようになったのです。

 

最初は茂さんも、お金のことが気になりました。

 

「海外旅行に使えば、その分、子どもに残せるお金が減る」

 

そこで、夫婦は子どもたちに率直に聞いてみました。返ってきた言葉は、2人が想像していたものとは違いました。

 

長男の大輔さんからは、「無理して残してくれなくていいよ」と言われました。さらに、「自分たちのことは自分たちでお願いしたい。正直、こっちも余裕があるわけじゃないから」と続けられたといいます。

 

長女の彩さんも、「お父さんとお母さんが、自分たちのお金を自分たちのために使うのはいいと思う」と話しました。茂さんは、このとき初めて、「子どものために残すこと」と「子どもが望んでいること」は別なのだと気が付いたといいます。

 

総務省「家計調査 家計収支編(2025年平均)」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月の可処分所得が22万1,544円なのに対し、消費支出は26万3,979円。毎月4万2,434円の赤字です。

 

しかも、老後に必要なお金は毎月の生活費だけではありません。病気や介護、家の修繕、車の買い替えなど、まとまった出費が発生することもあります。限られた年金や貯蓄をどう使っていくかは、老後の暮らしを考えるうえで避けて通れない問題です。

 

その後、2人は初めての海外旅行に出かけました。行き先はドラマで観ていて馴染みのあった韓国。

 

「以前ならお金を使うと『子どもに残せたのに』と思っていたのですが、旅行から帰ってきたときは、また行きたいと思ったんです」

 

旅行中に撮った写真を子どもたちに見せると、ふたりとも「いいね、楽しそう」と喜んでくれたといいます。

 

「私たちが旅行を楽しんでいる姿をみて、子どもたちはホッとしたといいます。私たちがあまりにお金を使わない生活をしていたので、気になっていたみたいです」