老後の不安に備えて、ひたすら倹約と貯蓄に励む人は少なくありません。しかし、目標額を達成し、いざセカンドライフを迎えたとき、新たな悩みに直面するケースも。本記事では、FP事務所MoneySmith代表の吉野裕一氏が、佐々木幸治さん(仮名)の事例とともにお金の「貯め方」以上に重要な「使い方」について解説します。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
えっ、おかしくないか?年金機構から届いた“青い封筒”をみて「年金繰下げ」を決断した元会社員男性…首を長くして待った70歳の受給日、見間違いと信じたい「まさかの受給額」【FPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

ついに70歳、初めての年金支給日

幸治さんが70歳になる目前、「繰下げ請求書」の提出の準備を始めました。有子さんはまだ64歳のため、彼女が65歳になるまでの1年間は増額された加給年金も受け取れると信じ、安心して生活していたそうです。

 

70歳となる1ヵ月前には、最寄りの年金事務所に書類を提出。繰下げによる42%の増額は誕生月から適用されますが、実際の振込は1〜2ヵ月後になります。申請から1ヵ月程度で、年金証書や年金決定通知書、年金振込通知書が届いたものの、やっと年金が受け取れるということばかりに気を取られて内容をほとんど見ないまま仕舞ってしまいました。

 

そして申請から3ヵ月後、偶数月の支給日に銀行の口座を確認した幸治さんは、振り込まれていた年金額を見て思わず「えっ、おかしくないか?」と独り言が口から出ました。

 

幸治さんの事前の想定では、自身の年金(月21万円×2ヵ月=42万円)に加え、42%増額されたはずの加給年金(月5万円×2ヵ月=10万円)を合わせ、2ヵ月分で約52万円が口座に入るはずでした。見間違いと信じたかったものの、何度見ても52万円ではないため、年金事務所へ相談に行くことに。

 

そこで、大きな勘違いが2つ存在していたことを知ります。

 

1つ目は、加給年金は繰り下げても増額されず、繰下げ期間中は支給自体が停止されるという点です。本来、65歳から年金を受け取っていれば、有子さんが65歳になるまでの5年間で合計200万円以上の加給年金を受け取れるはずでした。しかし繰下げをしたことで、この期間中の加給年金はなくなってしまったのです。さらに加給年金自体には繰下げによる増額効果もないため、70歳から有子さんが65歳になるまでの1年間も、支給額は増額なしの月額3万5,000円に留まります。

 

2つ目は、税金や社会保険料の天引きです。加給年金の誤解を差し引いても、額面上は2ヵ月分で49万円(月24万5,000円)になるはずでした。ところが、実際に振り込まれていたのは約44万円(月額約22万円)です。年金受給が始まると、支給額から健康保険料や介護保険料が天引きされます。さらに幸治さんの場合、繰下げ受給によって年金額が増えた結果、所得税や住民税の課税対象となってしまったのです。

 

令和8年度の税制では、公的年金等控除(65歳以上:110万円)と基礎控除(95万円)を合わせた年額205万円までは非課税枠となります。しかし、幸治さんの収入は増額された年金(年252万円)と加給年金(年42万円)を合わせて年額294万円に達していたため、税金や社会保険料が差し引かれて手取り額が大きく削られる結果となりました。

繰下げ受給の注意点

「年金は繰下げ受給を選択すると最大で84%の増額になる」というメリットが広まっていますが、メリットばかりに目を奪われず、注意点も知っておきましょう。

 

まず、加給年金の扱いです。加給年金は厚生年金に加入していた人が65歳になった際、65歳未満の配偶者や子どもを扶養している場合に支給される「家族手当」のような制度です。しかし、繰り下げているあいだは加給年金も支給停止となり、その期間の受給権をあとから遡って請求することもできません。そして、繰下げ受給は厚生老齢年金と老齢基礎年金は増額の対象となりますが、加給年金は増額の対象とはならないのです。

 

さらに、年金額が増えることで税金や社会保険料の負担も重くなります。本来であれば所得税非課税世帯であったはずでも、所得税を払うことになることや健康保険料も多く払うことになり、増額分がそのまま受け取れるというわけではありません。

 

また、今回幸治さんは、65歳からは働かずに貯蓄の取り崩しで生活をしていましたが、年金を繰り下げ、受給までに厚生年金に加入して働き続ける人も注意してください。65歳以降に繰下げ受給を選択すると、待期期間という扱いになります。待期期間中に厚生年金に加入して働くと、当然、65歳以降に加入した期間の厚生年金が老齢厚生年金に加算されます。給与と年金の合計額によって年金の一部(または全部)が支給停止となった場合、その停止された部分については繰下げによる増額の対象になりません。

 

年金の繰下げは、老齢基礎年金か、老齢厚生年金のどちらかだけを選択することも可能です。たとえば、加給年金の対象となる老齢厚生年金は65歳から受給して加給年金を受け取りつつ、老齢基礎年金だけを70歳まで繰り下げて増額させるといった柔軟な方法も考えられます。繰下げ受給を検討する際は、自分だけで試算するのではなく、誤解によって後悔しないよう、専門家に相談するのも一案です。

 

 

 

吉野 裕一

FP事務所MoneySmith

代表