内閣府の『令和7年版高齢社会白書』によると、日常生活に制限のない期間を示す「健康寿命」は、令和4年時点で男性が72.57年、女性が75.45年となっています。この統計が示すとおり、70代半ばに差し掛かる親世代は、日常生活は自立して送れていても、少しずつ体力や免疫力の低下を自覚しはじめるデリケートな過渡期にあります。そのような親にとって、子ども家族の帰省は、嬉しいだけではない気持ちもあるようです――。Aさん親子の事例から、お互いに無理のない持続可能な帰省ルールを探っていきます。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「早く東京に帰れ!」…お盆に家族で実家へ帰省した40歳息子が踏んだ、両親“怒りの地雷”。父親が孫を連れた嫁に〈10万円〉を渡したワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

母親流のもてなし

Aさん一家の滞在中、母親の朝は5時に始まりました。孫が起きる前に朝食の下ごしらえを済ませ、洗濯機を3回まわし、日差しが強くなる前に洗濯物を干します。妻Bさんも朝早くに起きて、手伝おうとしますが、母親は断固拒否。「嫁にはやらせない」の一点張りです。

 

皆が朝食を終えるころには、猛暑のなか、大人4人と幼児2人分の食材を求めてスーパーへ歩いて通いました。普段は夫婦2人分、カゴ半分で済む買い物が、両手いっぱいのレジ袋に変わります。袋が手に食い込み、痛いのです。

 

帰宅しても休むことなく昼食の支度が始まり、片付けが終われば夕食の仕込みが待っていました。孫が喉に詰まらせないよう野菜は細かく刻み、アレルギーはないかと気を配り、息子にはビールとつまみを用意します。父親が、母親に「がんばるな、あいつらにやらせろ」と声をかけます。しかし母親は、帰省してきた子ども家族にやらせるのは、親としての恥だと考えているようでした。

 

夜になれば、重い客用布団を4組引きずり出し、一人で敷いて回りました。持病の腰の痛みを堪えながらシーツを整え、翌朝にはそれを畳んで押し入れに戻そうとしていましたが、そこは妻Bさんが黙って勝手に手伝いました。Aさんはいいます。

 

「母さんのやり方があるんだから、無理に手伝わなくていいよ。Bもゆっくりしなよ」

 

それを聞いた妻Bさんは、さすがにカチンときました。

 

「だったら、あなたがやってよ! 子どもみたいに無神経にくつろいで、本当に40歳の大人なの? その幼稚な振る舞いに私もううんざり! 先に東京に帰っていい? もう嫌だ!」

 

ものすごい剣幕に驚く夫Aさん。「母さんからなにか嫌なこといわれたの?」と妻に聞きます。

 

「違う! あなたのその幼稚な態度にうんざりしてるのよ!」

 

夕食時に起きた“事件”

そして、その日の夕食時、事件は起こりました。

 

母親は「せっかく帰ってきたのだから」と、鶏の唐揚げと煮物を仕込みました。Aさんが子どものころから好きだった料理なので、孫たちにも喜んでもらえると思ったのです。鶏肉に下味をつけて寝かせ、油の温度を見ながら二度揚げし、彩りに夏野菜の素揚げも添えます。テーブルに並んだ料理は、どれも手間のかかったものばかりでした。

 

しかしAさんは、唐揚げを一口かじるとこう言い放ちました。

 

「あー母さん、Bが最近オーガニックにハマっててさ。こういう濃い味付けとか揚げ物、子どもに食べさせないようにしてるんだよね」

 

その瞬間、食卓の空気が凍りつきました。隣で妻Bさんは驚いてしまいます。「そんなことありません! おいしくいただいてますから!」と少し大きな声で取り繕いますが、母親の顔からはすっと血の気が引いていました。

 

「……じゃあ、食べなくていいわよ」

 

母親は料理をテーブルから下げはじめました。向かいで黙って聞いていた父親が、孫2人に違う部屋でYouTubeを見なさいと促しました。孫が違う部屋に行くのを確認すると、息子を指さし怒鳴ります。

 

「おまえ、いますぐ荷物をまとめて東京に帰れ!」

 

Aさんとしては予想外の両親の反応に、つい言い返します。

 

「なんだよ急に! 孫を会わせに来てやったんだろ!!」

 

「誰が孫に会わせてくださいとお願いしたんだ、おまえは何様なんだ! 孫を見せたら母親を召使いにしても当然なのか!」と父親は息子にまくしたてます。母親はすでに台所のほうに消えていました。

 

「お義父さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい」と妻Bさんは謝りますが、父親は「Bさんを驚かせて申し訳ない。Bさんを責めてはいない。こんな息子で申し訳ない。気を遣って居心地が悪くなっていただろう。全部このバカ息子が悪いんだ」とAさんを睨みます。

 

Aさんは怒って、外に飛び出してしまいました。父親に叱られるとすぐに家を飛び出す習性は、中学生のころから変わっていないようです。