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心によぎる「あと何度会えるのか」…親への想い
現実的なところでは、母・和子さんを東京に呼び寄せるという選択もありました。しかし、本人は故郷を離れる気はありません。「私はここで最期まで暮らしたい」と、頑として譲るつもりはありません。結局、毎年同じやり取りをして、同じ結論に達するのです。
その年の夏の帰省でも、同じ展開になりました。そして荒れた庭を眺めていると、和子さんはいつものようにいそいそと庭に出て、草むしりを始めるのです。
「暑いからやめな」と言っても、「ちょっときれいにするだけだから」と、黙々と草をむしっていきます。その後ろ姿が、一段と小さくなった気がしたといいます。
「あと何度、母に会えるのだろうか――」
このとき、本当は家計の負担を考えて、年に2回の帰省を年1回にしようと思っている、と伝えるつもりでした。しかし結局言えずに、帰京の日を迎えました。
帰る日の朝、和子さんは玄関の外まで見送りに出て、「またね」と車が見えなくなるまで手を振ります。いつもの光景でした。
車の中で「あと何度、こうして会えるんだろう」とこぼした健一さん。妻は「やっぱりお正月も、また来よう」と返します。どうやら、同じようなことを考えていたようです。
厚生労働省『簡易生命表(令和5年)』によると、76歳女性の平均余命は14.98年。数字だけを見れば「まだ15年近くある」と思えますが、遠方に暮らし、帰省が年に1〜2回に限られる場合、直接顔を合わせて過ごせる回数は、あと15回から30回程度しか残されていない計算になります。
自身の生活や教育費を守るために同居や頻繁な帰省を選べない悔恨と、確実に減っていく親との残された時間。山田さん夫婦のように「遠居」を余儀なくされる子世代にとって、家計の現実と親孝行の間で揺れる葛藤は、これからも続いていきそうです。