(※写真はイメージです/PIXTA)
家に帰りたがる母
母の施設での生活が始まると、ユミさんにはお金のほかにも大きな不安が増えました。サツキさんから、連日電話がかかってくるようになったのです。
「ここは私の居場所じゃない」「いつ家に帰れるの?」「いますぐ迎えに来て」
早朝から深夜まで、毎日5回も6回も鳴り響く電話。次第にユミさんは電話のコール音が聞こえるだけで心拍数が上がる状態に追い込まれました。
仕事と家事の合間に電話攻勢に耐え、毎月の不足分の振込手続きや補填の計算に追われる日々のなかで、ストレスは限界に達していました。
「私が無理をしてでも実家に帰って介護すればよかったのか」「老人ホームに入れなければ、こんなことにはならなかった……」「母は『いつか家に帰れる』と信じているのに、このまま施設が終の住処になってしまうなんて……」
サツキさんの預貯金が目減りしていく通帳を開くたび、金銭的な不安と母に対する強い罪悪感が重なり、ユミさんは暗闇の中にいるような苦悩の日々を過ごします。
「認知症」の現実
少しでも母に施設生活を楽しんでもらいたいと考えたユミさんは、さまざまな工夫を凝らしました。塗り絵の本や40色の色鉛筆を買い揃えて施設へ送り、クイズ本や音読の本、さらには手先と頭を使えるようにと部屋にテレビゲームまで接続しました。
しかし、施設スタッフからの連絡で知らされたのは、それらに一切手がつけられていないという事実でした。事故のショックと環境の変化をきっかけに、サツキさんの認知症は着実に進行していたのです。
認知症が進行すると、複雑なルールを理解することや、色を選んで集中して指先を動かすといった作業自体ができなくなります。「母を楽しませたい」という思いから生まれたアイデアも、病状の前には届きませんでした。ユミさんは、介護に関する知識が圧倒的に不足していたことを痛感させられました。
持続可能な介護との向き合い方
極限状態に陥ったユミさんは、施設職員の勧めで「介護する家族の会」に参加しました。そこで同じように遠距離介護や施設の帰宅願望、費用負担に悩む家族たちの経験談を聞き、介護に関する正しい専門知識を学ぶなかで、徐々に意識が変わっていったといいます。
「親の老後を子どもがサポートすることはあっても、親の人生をすべて背負うことはできない。認知症になって自分だけで暮らすことができなくなって施設に入った。それは私のせいではなくて、親の運命なんだ。私はできることを精一杯やってきた。仕方ないことは仕方ない。施設での暮らしは決して悪くない」
そう思えたとき、肩の荷が少しだけ軽くなるのを感じました。
毎月8万円の赤字を出して有料老人ホームの費用を払い続けることも、サツキさんが住み慣れた家を離れて安全な場所でプロのケアを受けることも、すべては母の命と生活を守るために尽くした現実的な最善策でした。
親が倒れたとき、子どもは「自分の生活や資金を削ってでも親に尽くすべきか」という道徳観に囚われがちです。しかし、子の生活を破綻させて行う介護は長続きしません。親の年金と資産の範囲内でできるケアを選択し、不足する部分はプロの手を借りる――それは、お互いの人生を守るための正当な意思決定です。
施設に入居して1年が過ぎた現在、電話の頻度は落ち着き、サツキさんも穏やかな表情を見せる日が増えてきました。ユミさんは毎月通帳の残高を確認しながら、特養の順番待ちをしています。「自分にできる限りのサポートはしている」と割り切れるようになったことで、ようやく自分自身の生活を取り戻しはじめています。
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