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怪我をした高齢の父を、一人にしておけない
「父さん、こっちへ来ないか」
会社員の田中健一さん(48歳・仮名)がそう切り出したのは、母・和子さんを亡くして半年ほどが経った頃でした。父の田中茂さん(78歳・仮名)は地元の持ち家で一人暮らしを続けていました。しかし、近所から「最近、転んで怪我をした」と連絡が入り、健一さんは不安を強めていたのです。
同居を提案したものの、家計に余裕があるわけではありません。健一さんの手取りは月36万円、妻の綾子さんは24万円ほど。月11万円の住宅ローン返済があります。子どもは高校1年生の長女と中学2年生の長男の2人で、年々、教育費負担が大きくなっていました。
そのようななか、綾子さんは「お義父さんを一人にはできないもんね」と言って同居を受け入れてくれました。茂さんの年金は手取りで月15万円ほど。預貯金は約2,200万円ありました。将来的に施設に入るかもしれないという見通しもあり、「貯金は取り崩したくない」といいます。
しかし月15万円の年金はすべて田中さん夫婦に渡して、あまったとしてもかまわない、と茂さんは話します。
「お義父さんと同居しても、支出は月15万円増にはならないでしょ。お財布的にも、同居は賛成でした」と綾子さんは語ります。
同居から1年ほどは大きな問題はありませんでした。しかし、少しずつ状況は変わっていきます。
朝、綾子さんが洗濯を終えると、「干し方が雑」と注意し、夕食を作れば、「味が濃い」と文句を言います。孫がゲームをしていれば、「昔なら外へ遊びに行かせたものだ」と愚痴をこぼします。悪意はありません。本人も「家族だから遠慮なく言っているだけ」という感覚だったのです。
さらに茂さんは高血圧や白内障で定期通院が必要になります。
「今日は病院まで送ってくれるか」
平日は健一さんが仕事を休めず、綾子さんが有給休暇を使って付き添いました。薬局にも寄るため、一度の通院で半日が終わります。そのたびに職場へ頭を下げる生活でした。
「私ばっかり休んでる」
そんな不満を口にすると、健一さんは決まって言います。
「まあまあ。父さんも年だから」
それ以上、話は進みません。綾子さんの不満が、少しずつ積みあがっていきます。
「洗濯物くらい取り込んでくれたら」
「食器だけでも片づけてくれたら」
共働きとはいえ、家事のほぼすべてを担っていた綾子さん。小さな協力がほしかったのです。ところが茂さんには、その発想がありませんでした。
「家事は女性がやるもの」
若い頃から当たり前だった価値観は、本人にとって常識だったのです。国立社会保障・人口問題研究所の『第7回全国家庭動向調査』によると、夫婦の役割分担について「結婚後は、夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」という考え方に賛成する割合は全体で29.5%まで低下していますが、70歳以上では45.0%に上り、世代間の意識差が顕著です。
また、日常の「炊事」をまったくしない夫が50.4%、「洗濯」をまったくしない夫が42.3%に達するなど、家事の負担が女性に偏りやすい実態があります。