資産1億円を築き早期リタイアを果たしたものの、待っていたのは満たされない日々――。お金という絶対的な自由を手に入れたはずの人が、なぜ不安に苛まれてしまうのでしょうか。ある男性の事例から、経済的自立の裏に潜む落とし穴についてみていきます。
「もう一生働かない!」と会社を辞めた〈資産1億円・40歳男性〉、移住先で「お金があっても意味ないんだよ…」と涙したワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

人生の目的・目標がなくなった

「会社員だったころは、良くも悪くも未来が決まっていました。来月には新しい案件が始まる。半年後には評価面談がある。年末には休暇の予定を立てる――それが退職後はなくなりました。自由になりましたが、未来を想像できなくなったんです」

 

資産1億円を築くため、40歳までの目標は明確でした。毎月いくら投資するか。何歳までにいくら貯めるか――すべて数字で管理ができました。しかし、目標を達成した後、その先に置くものを考えていなかったのです。

 

旅行に行けばいい、趣味を始めようなど、考えたこともありました。しかし、長続きしませんでした。資産を減らすことへの抵抗があったからです。

 

「1億円あるのに、数万円の出費でも考えてしまう自分がいました。お金はあるのに、全然自由じゃないんです……」

 

そんな日々を変えたのが、地域の掲示板に貼られた1枚のポスターでした。

 

「市民マラソン大会 参加者募集」

 

走ることに興味があったわけではありません。むしろ、運動は昔から苦手です。3km以上走った記憶といえば高校時代くらいで、それ以来走ったことといえば、電車に乗り遅れそうになった時くらいです。ただなぜか、このときはこのポスターに惹かれたといいます。

 

そして大会にエントリー。距離は10kmです。本番まで3か月でしたが、いきなり本番を迎えるわけにはいかないので、軽くランニングから始めることにしました。最初はわずか1km。それだけで息があがり、翌日には筋肉痛になりました。しかし、それから生活が徐々に変わっていきました。

 

今日は昨日より少し長く走れた。

今日は昨日よりも少し速くなった。

 

そして3か月後、大会で人生で初めて10kmを走り切りました。

 

「こんなに長い距離を走り切ることは初めてで。ものすごい達成感でした」

 

この経験から、ジョギングが日課になりました。いつかはフルマラソンを走る――そんな明確な目標もできました。毎日、だいたい同じ時間に走るので、自然と挨拶をするようになりました。そして徐々に仲を深め、プライベートでも会うような友人になったといいます。

 

「働かないことが人生のゴールだと思っていました。でも違いました。そこがゴールなんかじゃない。経済的な自由を得ても、それだけで人生の目的が決まるわけではないんですね」

 

総務省『令和3年社会生活基本調査』によると、佐伯さんの年代にあたる40〜44歳の「一人でいた時間(睡眠を除く)」は1日あたり5時間25分と、5年前より47分も増加しています。仕事を辞めて社会的な役割を失うと、孤独感に直面するケースは少なくありません。

 

そうしたなか、同年代(40〜44歳)の「スポーツ」の行動者率は70.5%に達しており、全国の「ジョギング・マラソン」の行動者率も11.1%となっています。お金をかけずに始められるランニングのようなスポーツは、単なる体力維持にとどまらず、佐伯さんのように「日々の目標」や「地域での新たな人間関係」を再構築し、人生の充足感を取り戻すための有効な手段になったようです。