新NISAの拡充をきっかけに、将来に備えて資産運用へ励む人が急増しています。しかし、その裏で密かに問題となっているのが、手取りの多くを投資に回しすぎるあまり、手元の現金が極端に不足する「NISA貧乏」です。日常のやりくりだけでなく、恐ろしいのは病気や怪我といった突然の事態に見舞われたとき。本記事では、カメイさん(仮名/52歳)の事例から、資産形成期における生活防衛資金の重要性について考えます。
ジムで運動中、後頭部を殴られたような激しい痛みが…緊急搬送された年収1,400万円・52歳独身部長。病院から老人ホームの80歳母に「お金貸して」と電話したワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

脳梗塞の入院で掛かった費用

命の危機を脱すると、次にカメイさんを襲ったのは医療費や固定費の支払い問題でした。

 

健康保険の高額療養費制度を利用したものの、カメイさんのように年収が高い区分(標準報酬月額83万円以上)の場合、自己負担の上限額は月額で約25万円となります。さらに、治療費以外にも食事代や差額ベッド代、衣類・日用品のレンタル料などの実費は全額自己負担です。

 

最初の脳神経外科での約3日間の急性期入院では、医療費の自己負担上限額である約25万5,000円に加え、差額ベッド代や食事代、日用品費などで約22万円がかかり、合計で約47万5,000円となりました。その後移った回復期リハビリテーション病院には約2ヵ月間入院し、月約25万円の自己負担額が2ヵ月分で約50万円、さらに食事代や日用品費などが約16万5,000円かかり、合計で約66万5,000円に上りました。入院費用の総額だけでも約114万円に達しましたが、問題はそれだけにとどまりません。

 

カメイさんが病床にいるあいだも、自身の自宅マンションの家賃や光熱費、そして母の老人ホームへの仕送り費用など、毎月約50万円もの固定費が給与口座から自動で引き落とされ続けていたのです。

高所得で資産もあるのに、「キャッシュ」が足りない…

「資産は3,500万円もあるのだから心配ない」と思っていたカメイさんですが、ここで重大な問題に気づきます。

 

給与口座である普通預金には、常時100万円ほどしか残していませんでした。手取り給与の多くが、毎月自動的にNISAや個別株、iDeCoへ自動積立される設定になっていたためです。3,500万円という資産の大半は、国内外の株式や投資信託、解約ペナルティのある定期預金、そして原則60歳まで引き出せないiDeCoでした。

 

ネット証券に預けている株式や投資信託は、本来なら数日で売却して現金化できます。しかし、麻痺した手ではスマホやパソコンのログイン操作や二段階認証ができず、言葉もうまく話せないためコールセンターへの本人確認もできません。

 

さらに、傷病手当金も、本人が書類を揃えて申請してから実際に振り込まれるまで2〜3ヵ月のタイムラグが発生します。

 

結果としてカメイさんは、3,500万円もの資産を保有しながら、目の前数週間の医療費や母の施設代に充てる現金が100万円以上不足するという事態に陥ってしまったのです。

 

万策尽きたカメイさんは、ホームにいる母に、声を詰まらせながら連絡しました。本来なら自分が支えているはずの母親に対し、「情けないんだけど、いますぐに自由に動かせる現金がないんだ。立て替えてもらえないだろうか」と切り出すしかなかったのです。母は「自分のホームの費用が嵩んだせいではないか」と不安がりましたが、亡き父が残してくれた生命保険金から立て替えてくれました。カメイさんは自分の不覚を恥じたといいます。

将来の資産形成だけでなく「即座に動かせる生活防衛資金」を

リハビリの末、カメイさんは発症から約半年後に職場復帰を果たしました。後遺症と付き合いながらも、現在は少しずつ以前のペースを取り戻しています。

 

今回の一件を、カメイさんは次のように振り返ります。

 

「資産形成に目を奪われ、万一のときに明日払わなければならない現金をどう確保するかという視点がすっぽり抜け落ちていました。母は、いまも『息子には本当はお金がないのでは』と気にして、支出を控えるようになってしまいました。復職してからは、なにがあっても数ヵ月は口座から動かさずに使えるキャッシュを置くようにしています」

 

物価高や将来への不安から、NISAや投資信託などで積極的に資産運用を行う人が増えています。しかし、資産の「額」だけを増やしても、自分や家族の緊急時にすぐ現金化できなければ意味がありません。特に独身者や家族のサポートが得られにくい環境にいる人ほど、「病気や怪我で自分が動けなくなったとき、誰が・どうやって資産を管理・換金できるか」というリスク管理が不可欠です。

 

毎月の積み立てや運用に回すお金とは別に、医療費や数ヵ月分の固定費をカバーできる「生活防衛資金」を確保しておきましょう。リスクへの備えが、本当の意味で自分と家族を守ることに繋がります。

 

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