定年を迎えた途端、かつての肩書や高収入は過去のものとなり、職場でも家庭でも大きな変化を迫られる――。これは特定の誰かだけに起きる話ではなく、多くの人が直面し得る現実です。プライドや過去の成功にとらわれず、新しい役割やマネープランをどう受け入れるべきか、定年後の生き方について考えてみましょう。
「無駄なプライドは捨ててください!」〈年収1,400万円〉だった60歳元部長、20歳下の上司から浴びた屈辱 (※写真はイメージです/PIXTA)

現役時代のまま会議で発言、そのあとに…

転機は、再雇用から半年後でした。取引先とのオンライン会議で、高橋さんは以前の感覚で発言してしまいます。

 

「その条件なら、うちで決められます」

 

すると、会議後に40歳の上司から呼び出されました。

 

「高橋さん、今は決裁権がありません。先方に誤解を与える発言は困ります」

「無駄なプライドは捨ててください。邪魔なだけですよ」

「今の役割は、若手を支えることです。前に出ることじゃないんですよ」

「言われたことができない……新入社員じゃないんですから、しっかりしてください」

 

高橋さんはその場で反論できませんでした。帰宅後、妻にこう漏らします。

 

「60歳にもなって、あんな言い方をされるとは思わなかった」

 

一方で妻は「元上司に言うのも勇気がいることだったんじゃない?」と言いつつ、皮肉たっぷりに「家でも何も変わらないもんね、あなたは」と続けました。その言葉が最も堪えたといいます。

 

ただ「言われたままでは悔しい」と高橋さん。若手のサポート役として、しっかりと評価を得ようではないかという気持ちになったといいます。それとともに、行動も変えていこうと心掛けました。

 

若手社員から質問された内容をメモし、翌日までに回答を準備するようにしました。営業資料の作り方、取引先との交渉記録の残し方、クレーム対応の優先順位。かつて当たり前にやっていたことを、言語化して共有するようにしたのです。すると、少しずつ周囲の態度が変わっていきました。

 

ある日、30代の社員から「高橋さんがいると、案件の抜け漏れが減るんです」と感謝されました。その言葉を聞いたとき、高橋さんは初めて「定年後の自分の価値」を感じたそうです。

 

「今でもたまにプライドが邪魔しそうになります。そんなときでも、ぐっと抑えてやり過ごすようにしています」

 

家庭でも妻が主導して生活費のダウンサイジングが進みます。1週間に1度乗るかどうかの車を手放し、交際費を半分以下に減らしました。月の支出は25万円弱まで圧縮できましたが、「まだまだ」と高橋さんの妻。65歳から受け取れる年金は月20万円ほどを見込んでいます。夫婦合計で28万円。ただ手取りにすると23万円ほどになります。ちょっとした出費であれば、年金の中でやりくりできるようにする――これが当面の目標だといいます。

 

金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査2025年(二人以上世帯調査)』によると、60代で老後の生活が「心配である」と回答した割合は74.0%に上ります。

 

また、同調査で60代が考える「老後のひと月当たり最低予想生活費」の平均は39万円です。高橋さん夫婦が現在達成している「月25万円弱」という支出は、この平均を大きく下回る水準であり、高収入だった現役時代からのダウンサイジングがいかに大きな決断であったかが分かります。プライドを捨てて新たな役割を受け入れ、夫婦で協力して生活を再構築する姿は、充実したセカンドライフを迎えるための1つのモデルといえるでしょう。